2話 訪問する者たち
ミハルの研究所付近。
そこは、先ほどミハルとの交渉が行われた平原での出来事である。
とある一人の大男が、ミハルによって倒されて平原で倒れている男性二人を見下ろして、呆れた目をしながら溜息を吐いた。そして持っていた回復薬を振りかけた。
「おーい、てめぇらぁ。生きてっかー?生きてるよなー?」
「うぅ……あ、あれ?ガ、ガニヤの兄貴じゃねーですか!?」
「いってて……何でガニヤの兄貴がここにいるんですかい?」
「そっちこそ、なーんで倒されてんだよ。相手は女だろ?楽勝だろーが」
ガニヤと言われた大男は、やられた子分達の質問には答えず逆に質問し返した。少々苛立ちながら……。
「で、ですが兄貴!アイツ、そーとーえげつねぇんですぜ!?」
「そりゃもう、人間と思えねぇような力ですぜ!!」
「てめぇら……誰が感想言えっつったよ。このくそ役立たずが!!」
ガニヤは子分の話を聞くなり、その子分たちを怒鳴りつける。
計画では、魔道具の研究者であるミハル=グランディアが製作した魔道具を奪うために子分3人で交渉の場を作る。そして、その交渉の場で研究者のミハル=グランディアは子分3人の手によって殺害。
後は、研究所に乗り込んで製作された魔道具を奪えば完璧だった。だが、結果は見ての通り。現実はそうそう簡単に出来てはいないみたいだ。
「……まぁ、てめぇらのことだから失敗することは想定内だったがな」
「そ、そんな……あんまりですぜ兄貴」
「そ、そーだーそーだー!!」
「黙れ役立たずども!!……だが、そんな役立たずでも出来ることはあるけどな。
とりあえずてめぇら、次の計画に移行するぞ」
「わ、分かりやした兄貴!」
「あ、因みに、もう一人の子分の方は無事ですかい?」
「……残念だが、死んじまったよ。だが、その分てめぇらが頑張れば弔いにもなるだろーよ」
子分たちにそう言いったが、実際のとこは瀕死の相手に回復アイテムを使用するのは勿体ないという考えて見捨てたのだが、士気を高めるためにはこういった嘘も必要だと考えていた。
こうして大男ガニヤは、回復アイテムで復活させた子分を引き連れてよからぬことを企みながらミハル・グランディアの研究所へと足を運んだ。
―――――――――――――――――
転生……。
この世とは違う世界での記憶を保持したまま、この世に生まれ変わるという不思議な力のことを言う。
しかしながら、その不思議な力は全くもって信憑性が薄い。
何故なら転生というのは、この世で全くもって有り得ない現象であり、その存在すら確認されていないからだ。
「やから、おにーさんの言うことは信用できませ~ん」
「何でだよ!!」
ウチはニンマリとした営業スマイルをし、おにーさんもといシグルドはすかさずツッコんだ。
おにーさんツッコミのセンスええなぁ。将来何かしらのお笑いの人になってそうやけど、まぁそれは別にええか。
何にせよ、シグルドが転生者言うんは全くもって信じられへんな。それに神様がどうとかも言うてはったし、胡散臭さがぷんぷんするんよねー。
昔からよー分からん胡散臭い人に騙されたらいかへんよとか言われたりしたしね。実際、シグルドが転生者いう事実なんて調べようにも調べられへんからな。
「あんなぁ、おにーさん。世の中っちゅうんは理不尽に出来てるもんでな?
おにーさんが自分から転生者言うたかて、ウチからしたら胡散臭いペテン師としか考えられへんのよね。 何より、おにーさんが転生者っちゅう事実が存在せぇへん限り、ウチがおにーさんの話を信用することはないよ」
「な、なるほど……確かにそうだな」
「素直やなぁ……」
ウチは自分で淹れた紅茶を啜った。
因みに今現在の状況は、研究室の資料ふを片付けたウチとおにーさんは立ち話もなんだったのでリビングにて紅茶を淹れながら話をしている状況である。
一応、研究所といっても紅茶など食べ物はあるんよねー。研究所にも訪問する人くらいはおるから、そこら辺のおもてなしの心は持ってるミハルちゃんであ~る。
……常識は持ってるってことやよ。
しかし、転生かぁ……。
ウチが幼い頃にあった本になんか書かれとったと思うけど……あれはフィクションみたいなもんやったし、実際にそれが、今目の前におるおにーさん……シグルドに起こってるなんてどうも信用はできひんねんなぁ。
もし仮に、シグルドにその転生いうことが起こってる言うんやったら、それはそれで大層珍しいことやし、それが事実ならちょっとウチとしても調べたいし、魔道具と合わせるとどうなるかという実験もしてみたい気もしなくもないんよねー……フヒヒヒッ!
いや、待て待てミハル。落ち着け。まだおにーさんが転生者かどうかわからんのやし。深追いしたらあかんでー。
「んー、証拠かぁ……。
……証拠としてはどうか分からないが、俺みたいな転生者には前いた世界の名前があるんだが、それが証拠になったりしないか?」
「名前ておにーさん……。
前いた世界の名前教えられても、ウチにはなーんも分からんし。第一名前なんて余程変わった名前やないと証拠にもならんと思うねんけど……」
「朝霧那由多っつーんだけど……。どうだ?」
「どうだとか言われてもウチには分からんて。
……てか何?アサギリ・ナユタ?何か感じええ名前やなぁ。いっそこっちの名前で名乗ったらええんちゃうか?」
「それは無理だ。この名前はこの世に転生して初めてもらった名前だし、何より貰った名前を捨てることはできないだろ?」
「おにーさん、律儀やなぁ……」
まぁ、親からもろた名前を捨てずに生きることはええことやけどね。
ウチも親からもろた名前は大事に使わせてもらっとるし、というか商品名にしとるね。うん。
そのことは家庭内事情いうか、歴代と受け継がれてきたことらしいから仕方ないんやけど……それはまた機会があれば話すことにしよかね。
しかし、アサギリ・ナユタなぁ。
シグルドいう名前があって、その他に名前があるいうんは珍しくもないことなんよねー。
ほら、冒険者とかが名声を上げたりしたらそれを称えて違う名前つけたりするやろ?あれに似たような感じ……。と考えたりもしたんやけど、どうも名前のニュアンス的には違うんよね。じゃあ、聖霊のように言うたらあかん真名があるように、このおにーさんもその類やろうか?いや、でもおにーさん名前言うてはるやん。
んー、謎やなぁ……。
「何にしても、俺みたいな転生した奴らには転生前の名前のが存在するんだよ。
それが証拠というか、目印みたいなもんだよ」
「目印、ねぇ。
けど、目印言うてもおにーさんみたいに転生した皆が転生前の名前を簡単に教えてくれるとは思わんのやけど……」
「お前……何気に俺を馬鹿にしてるだろ?」
「いや、全然そないなことあらへんでー?」
ウチはニコニコ営業スマイルをしたが、シグルドは溜息を吐いた。
いやいや、溜息吐かれてもなぁ。ウチは事実を言ったまでやねんけど。
「……まぁ、確かにお前が言うように、転生者が全員この世に転生してたとしても簡単に転生前の名前を教えてくれないだろうな。
だが、さっき良い案を思いついたからそこは心配しなくてもいいぜ」
「ふーん。まぁ、ウチには関係なことやし、どーでもいいんやけどね」
「どーでもいいってお前……。
まぁ、お前が転生者じゃないって事が分かったから俺もどーでもいいんだが。
にしても、さっきから気になってたんだが、研究室の扉に立てかけてるあの剣はお前のか?」
シグルドは、淹れられたお茶を呑みながら研究室の扉に目をやっていた。
おにーさんはどうやら武器を確認するなり、じーっとみているがどうも……うん。これはあれやね。めっちゃ気になってるんやね。
まぁ、おにーさんも男の子やし、剣とかそういった武器に興味持つんは分かるよー。男の子って何か剣とか刀とかそういう刃物系の武器使いたがるやん?そういう感性はウチにはよう分からんけど、魔道具を剣系で製作して売った時は男がわんさか集まってきて買ってくれたもんや。
お陰であの時は儲かったけどねー。
「ウチの、というより商品やな。
その剣はウチが製作した魔道具やけど、ちょっと普通のと違うんよねー。
理由としましては、魔石よりも魔法陣に注目しまして―――」
「うん。良い剣だな。
刀身が赤色なのもいい感じだし」
「話を聞かんかーい!!」
おにーさんは、ウチの話を聞かずに研究室の扉に立てかけてあった魔道具フェイドソードを手にとって品定めをしていた。
最近の若者は話もまともに聞かんのかいな!と叫びたくなるけど、まぁウチも若いから人のこと言われへんねんけどね。でも、ウチ自身が無視されんのは嫌やなー。
しかし、困った。
おにーさん、フェイドソードを異様に見入ってるけど……それは商品としては売れる能力は持っとるんやけど、個人的にはまだ改良の余地があるから無暗やたらに売る気にはなられへんのが事実。
やからあまりフェイドソードを気に入られても困るんよね。うん。
なんとかして、興味を削がなあかんね。
よし、おにーさんにはフェイドソードを諦めてもらおう!
「おにーさんおにーさん。残念やけどその魔道具いまちょっと調整中でな?
商売道具としてはちょっと―――」
「そうか?でも、剣としての切れ味はよさそうだけどな」
「剣って……おにーさん、それは魔道具やからな?」
「つまり、斬れないのか?」
「いや、斬れることは斬れるけど、ウチが言うとんのは魔道具としての性能が少し悪い言う話であってやな」
「斬れるなら問題ねえよ」
シグルドは笑顔でそう答えた。
いやーおにーさん、まさかの剣のみの性能を求めてんのね。魔道具の性能一切気にしとらんねんけど……。
というか、このおにーさんの場合。斬ることしか考えてないように思えるんやけど。すごい危険な香りするんやけど!!
しかし、またしても困った。
シグルドは多分魔道具の性能は求めてない人だ。それでいて魔道具の媒体とする武器を求める人なのだ。
つまり、厄介な人ってことやね。うん。
おかげでフェイドソードを諦めさす計画が難しくなったわ。
けど、これで諦めるようなミハルではないんです!!たとえ相手が厄介なお客であってもここは譲るわけにはいかんのですよ!!
そう思って行動しようとした結果―――
ドゴォッ!!
大きな音と主に、研究所の扉が壊れた。……いや、正確には蹴破られたといった方が正しいだろう。
破壊された扉には大きな足形がくっきりと分かるようにつけられていたのだから。
「どぉも! 邪魔すんぜぇミハル・グランディアさんよぉ!!」
一般の人間より、図体がでかい大男がずかずかと2人の子分を連れて研究所へ入ってきた。
ほんま図々しいお客さんなことで……しかも、お連れの子分たちはウチが可愛がった子たちのようやし。これは所謂、お礼参りいうやつやね。
しかし、こいつらも懲りひんなぁ……。
前回は無料で魔道具渡せ言われたから少々痛い目にあってもろた筈やねんけど、あれじゃあ足りなかったみたいやね。まぁ、その痛い目をきれいさっぱりにしたんは子分たちの前におる大男の仕業やろうけど。
「……なぁ、ミハル。こいつらお前の知り合いか?」
「んや、こんな野蛮人らの知り合いなんておらへんよー」
「じゃあ、お客か?」
「んや、クレーマーや」
「なるほど、クレーマーか」
シグルドは納得したかのように頷いて見せた。
しかし、大男はウチとシグルドのやりとりに苛立っていた。
「クレーマーじゃねぇよ!客だよ客!!
ミハル・グランディア。てめぇに用があんだよ俺らは!!」
「……はぁ、こんなことならもっとちゃんと始末しとけばよかったわ。
とりあえず、大きいおにーさん。ここじゃアレやし、表に出て話しよーや。
魔道具壊されたら敵わんからね」
「ククッ!そうだなぁ!!
俺らが欲しいもんが壊れちゃあ洒落になんねーし、お前の言う通りにしてやろうじゃねーか!!」
大男はそう言って、子分を連れて研究所の外へと出て行った。
さて、あのクズどもをどないして始末したろう。
叩きのめした後に、手足の骨を粉々に砕こかそれとも、頭蓋粉砕?いや、この際やからもう悪さできへんように監禁した後に、徐々に苦しめつつ体の骨1本ずつ折るとかやろうか?
まぁ、何にせよ……手荒い訪問者にはそれなりの扱いしたらあなあかんなぁ。
というように、そんなことを考えていると少々笑みがこぼれてしまうのが、ウチの悪い癖ではある。
そして、その笑みを見たものは必ずと言っていいほどこう言うのだ。
「……ミハル、お前。顔が怖いぞ」
―――――――――――――――――――――
研究所から少し離れた平原。
そこでさっきの大男と子分達とウチで対峙していた。あ、それとオマケでシグルドも。
「てか、おにーさん何で来たん?」
「何でって……そりゃ、見学しに?」
「つまり、暇なんやね」
「いやいや、興味があったからついて来ただけだ!」
「……それを暇って言うんやないんかぇ?」
ウチはシグルドの行動に溜息を吐きながら呆れた。
まぁ、おにーさんが自発的に来ただけやし何が起こってもウチには関係ないけどね。
「さぁてさてさて!ミハルさんよぉ!!
単刀直入に言わせてもらうけど、俺らはアンタの魔道具に興味があるわけだわ」
「やろうね、そちらさんの子分さんらがウチに交渉しに来たしね。
……んで、今回はちゃんと交渉しに来たんやろうな?」
「あぁ、ちゃあんと交渉用に金を持ってきてやったぜ?」
大男は、金が入っているであろう袋を出して持っているというアピールをする。
んーなるほど、金は持ってるようやね。……金はね。
お客様としての態度はほぼクレーマーと言っていいほどの荒々しさやけど金を持っているというのなら話は別や。金を持ってる奴は、どんな奴やろうとお客様なんやし。
まぁ、交渉に金を持ってくるんは当たり前なことやし、そこは前回と比べるとちゃんとしてきたみたいでウチは感激してるわー。うん。
「んでだミハルさんよぉ。交渉としては、それぞれの魔道具に対して俺らは2割提供してやろうと考えてんのよ!いやー、俺らって優しいお客様だよなぁ!!」
前言撤回。
こいつら常識なしのクズやわ。
2割とか舐めてるわ。もう交渉のこの字も分かってないようなクズどもやわ。うん。
おまけに後ろの子分たちは何気にケタケタ笑ってはるけど、お前ら大男の後ろに隠れて笑うなや。何気にウザいわ。
「おにーさん方、何を誤解してはるんか分かりませんけど優しいお客さんはちゃんとお金は払ってくれますよ?
……というか、優しいお客さんは自分から“優しい”なんて言わんからね?」
ウチは大男たちに強い殺気を放ち、睨み付けながら片手に黒い槌を持った。
大男はその行為をみるなり、鼻でフンッ!と笑ってにやけていた。そして、そちらも戦闘を行う準備……といっても、大男の後ろに隠れていた子分二人が武器を持ちながら大男の前に出て戦闘態勢をとった。子分たちの武器は二人とも見慣れた剣である。
ウチを襲ってきたときは武器を所持していなかったが、武器を持った相手だとしてもウチには勝たれへんのは確かである。
「こいつぁ……交渉決裂ってことでいいんだな?ミハル・グランディアさんよぉ!!」
「何言うとんのおにーさん、交渉なんて――――さらさらする気ないんやろ?」
「ククッ!分かってんじゃねぇかよぉミハルさんよぉ!!」
その騒がしい声と共に、大男の子分たちがウチに向かって斬りかかってきた。
ウチもそれに対して、その子分たちを容赦なく叩き潰すことだけを考えていたのだが―――
ガキイイィィンッ!!
金属同士がぶつかり合って生じる金属音が周囲に鳴り響いた。
当然、その音というのは武器と武器がぶつかり合って生じる音であるので、子分たち二人が振るった武器とウチの黒い槌……ではなく、赤い刀身で製作された魔道具フェイドソードを持って割り込んだシグルドが、ウチの目の前にいた。
「悪いなミハル。ちょっとこの武器使わせてもらうぞ」
シグルドは少々笑みをこぼしながら、子分たち2人の攻撃を防いでいたのだった。