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プロローグ~最強の盾~

 体が炎に焼かれる感覚。

 比喩などではない。今まさに、俺の体は灼熱の炎によって焼かれていた。

 

「ぐあああああああああああ!!」


 皮膚を溶かし、筋肉を焦がしていく。

 痛いなんてものじゃない。もはや痛みさえ通り越している。頭がおかしくなってくる。

 この言葉に言い表せないような苦しみを、俺は叫ぶ事によって発散させていた。そうせざるを得なかった。


「あ……ああ…………あ……」


 肺の中が焼けていくのが分かる。とうとう叫び声を上げることすら許されなくなった。

 それを皮切りに、痛みも苦しみも、何もかも感じなくなる。

 そのまま意識が遠のいていく。気付いた時には何もない、真っ暗な景色だけが目の前に広がっていた。





 ほんの少しだけ昔の話だ。とある小さな村に、普通の家庭に生まれた、普通の少年がいた。

 アドルフ・ブロー。それこそが少年の名であり、俺自身であった。


 あの頃は本当に平和だった。村で農業の手伝いをしながらのんびり過ごしていた。

 ずっとこのまま、平穏な暮らしが続くと思っていた。そう、あの日が来るまでは――――


 平穏な日々は突然終わりを告げた。まさにあの日、魔王軍による侵攻が始まったのだ。

 俺のいた村は真っ先に狙われる羽目となった。

 あの日のことを俺は決して忘れることはない。魔族によって蹂躙される村の人々。魔族にいいように弄ばれ、最後にその命を奪われる。

 俺も例外ではなかった。暴力という暴力を受け、立ち上がることも出来なくなっていた。だが魔族はとどめを刺さなかった。

 あえて死の寸前まで追いやり、苦しみながら息絶えろということだった。

 本当に苦しかった。体も、心も。こんな苦しい思いをするくらいなら、早く殺してほしかった。


 だが――――死神は俺を最後まで殺そうとしなかった。それどころか、死神は俺に呪いを与えた。

 それは、永遠に生き続けなければならないという呪い。そして与えられたのが、何があっても滅びることのない肉体。


 俺は目を覚ました。いくつもの屍が転がる、俺の故郷だったあの村で。


 それからどれだけ経っただろうか。俺は長い長い時の旅をしていた。

 いつの間にか世界は魔族に支配され、少し経った頃には勇者の手によって魔族の支配から解放され、世界に一時的な平和が訪れていた。そして今、この世界は一度世界を救った伝説の勇者の子孫である通称”勇者一族”によって支配されている。


 俺はその勇者一族によって捕縛され、”不老不死”の研究をする魔術教団にその身柄を引き渡されていた。


 そこで待ち受けていたのは、実験に次ぐ実験。

 炎に燃やされ水の中に沈められ氷の中に閉じ込められ空気を奪われ千本の槍に貫かれ。

 ありとあらゆる手段で殺され、時には解剖され体の中を弄られたこともあった。


 まさに地獄だった。普通の人間ならもうこの世にいないが、死神に嫌われてしまった俺はずっとこの世に存在していた。

 たとえこの身が槍によって貫かれ風穴だらけになろうと、気付いた時にはいつものように目を覚ましていいる。

 鏡を見つめると黒い髪の奥で赤い瞳がこちらをまっすぐと見ている。俺がよく知っている俺自身の顔。どんな事があろうと変わりはしない。俺の肉体だってずっと五体満足で健康なもののままだった。


 今回だってそうだ。俺の体は炎によって焼かれたのにかかわらず俺はいつものように目を覚ましていた。

 相変わらず不気味な体だ。あの黒ローブの人間たちが最初に俺を殺してあっさりと目を覚ました時にすさまじく驚いていたのも無理はないだろう。


「おはよー。いやあ、相変わらずすごいねえ」


 不意に声を投げかけられる。

 振り向くとそこには、暗がりでこちらを見ている少女の姿。

 桃色の髪を肩まで伸ばし、布面積の少ないボロボロの服を着ているせいで肌の露出が多い。

 童顔だがそれに合わぬ豊満な胸を初めて目の当たりにした時は驚いたものだった。


 彼女に名は無い。

 あえて言うならば”1256号”。

 彼女は俺が来る以前に魔術教団の奴らが作り上げた不死の研究のためのモルモット――――いわゆるホムンクルスだ。


「また他人事みたいに。今回ばかりは本当に死ぬかと思ったんだぞ?」

「でもどうせ死なないんでしょ?ならいいじゃん♪」

「まあ、そうだが……」


 彼女はけらけらと笑いながらおどけてみせる。

 彼女につられてか不死身の男とホムンクルスの会話という奇妙な光景がおかしくてか、思わず俺も笑みをこぼしていた。


「でもここにただの灰が運び込まれてきた時は驚いたなぁ。起きた時にはその灰があんたになっていた時はもっと驚いたけどね」

「そ、そんな状態からでも復活できるのか……もう何でもありだな」

「まさに無敵だね」


 俺は自分の体に対してドン引きする。

 対照的に彼女は笑っていたが、これはさすがに笑えないぞ。俺は。

 でも、彼女が笑っていたのは面白おかしくってというわけではないことを俺は知っている。

 彼女は笑うことしかできないのだ。もう、時間がないんだ。


「なあ」

「ん?」

「いつまでなんだ?お前がここにいられるのは」


 俺の言葉に彼女は表情を曇らせる。

 彼女はもともと不老不死の研究のために生み出されたホムンクルスだ。

 不老不死である俺が来てしまった今、用済みとなって奴らに始末されてもおかしくない状況にあった。


「さあね。そんなこと考えても何にも面白くないし考えたことなんてないや」

「そうか……。悪いな。変なことを聞いて」


 誰だって、自分が死ぬことを考えるのは面白くないなんて当然のことだろう。……と俺が言っても説得力は皆無か。


「なら――――面白い話をしよう」

「え?なになに!聞きたい!」


 彼女は目を輝かせながら言った。

 これから俺がするのは、俺が今抱いている夢の話だ。


「外の世界には君の知らないことが山ほどある。それを知ってみたいと思わないか?」

「え?それって―――」

「ああ。俺が君を外の世界に連れ出してやる」


 彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。

 外の世界に出れるわけはないと思っていたからだろう。

 まさに予想通りの反応だった。


「……出来るの?」


 眉を八の字にしながら彼女は言う。


「出来るかどうかは分からない。けど君が望むなら、俺は必ずやり遂げてみせる」


 俺が笑顔でそう答えると彼女は固く口を閉じる。

 俺はただ待つことにした。彼女の返答を。

 どれだけ遅くとも構わない。彼女が望むなら全力で願いを叶えてやるだけだ。


「私、は――――」


 返事は想像より早かった。

 彼女の言葉を最後まで聞いた俺は、彼女に笑顔を向けながら右手を指しのべる。

 彼女もまた、笑顔を返しながら俺の右手を握ってくれた。


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