この向日葵畑で
連載小説ではなく、短編小説集です。
最後までお付き合いしていただけると嬉しいです。
久しぶりの外に、頬を緩めた。
季節はずれの向日葵が風に揺れている。
「ありがとうねぇ」
ふと、隣の青年に声をかけたくなった。
軍服のような服を身にまとった彼は、優しく気遣わしげに首を振る。
「いえ、このくらいでお礼などいりません」
「そうかい? でも、此処をもう一度歩けるとは思っていなかったから」
本当に嬉しいよ、と口にする。
朝焼けの空が眩しく、悲しそうな青年の笑みを照らす。
突然現れた彼は、神様のように意図も簡単に私を外へ連れ出した。
まるで、二人が存在しないかのように、病室から抜け出せる、奇跡。
「よろしければ、貴女のお話をしていただけませんか?」
ふと、青年が思いついたように言った。
こんな年寄りの話、と断ったが、青年は微笑みと共に聞きたいと言い張った。
「じゃあ、少しだけだよ」
「よろしくお願いします」
どこから話そうか、と少し迷い、六十年前のことだ、と私は話し始める。
青年の顔は朝焼けで、やはり照らされていた。
私が三十のとき。
今日みたいに向日葵が咲き誇っていたわ。
綺麗な朝焼けに照らされて、いつもどおりこの道を彼と歩いていた。
会社の先輩だった彼とは、もう五年もお付き合いをさせてもらっていたよ。
結婚を意識することもあったけど、どうして踏み切れないでいてね。
いつもどおり手を繋いでいたけど、彼の手は震えて、汗まみれで、わかりやすかったわ。
『どうしたの?』ってふざけて聞いてみたら、
彼ね、『け、結婚してください。幸せにするから、お願いします』なんて叫んで。
……嬉しかったなぁ。
わざと答えを迷っているふりをしたら、あの人、お願いしますって泣いちゃってね。
指輪受け取って、挨拶行って、結婚式挙げて、全て幸せだった。
家を建てて、喧嘩しながらも、一緒にいろんなことしたの。
子供が三人生まれて、小学校、中学校、高校と成長する姿を一緒に見守って。
旅行も行ったわ。
あの人、海外が行きたいって言ってたのに、飛行機が駄目だった。
だから、全て国内旅行だったけど。
そのうち、子供が成人して、一人暮らしするって家を出て、二人きりになった。
あの人も定年退職して、暇を持て余したわ。
趣味に没頭して、旅行も行って、何一つ変わらなかった。
だけど、突然だった。二十年前、あの人が交通事故にあったの。
車に轢かれそうになった子供を助けたらしいの、あの人らしいわ。
一人になって、
体調崩して入院して、
長かったなぁ。
……でも、幸せだった。だから、泣かないで。
「すみません、では、そろそろ向かいましょうか」
青年は無理矢理笑顔を作って、手を差し出した。
そっと手をとると、一瞬だけ、笑うあの人が見えた気がした。
「向こうに行ったら、あの人に会えるかしら」
「ええ、きっと」
世界が遠のいていく。
青年は恭しく会釈をしてきて、思わず笑ってしまった。
「ありがとうね。優しい優しい死神さん」
「このくらいで、お礼など」
その声も、どこか遠いものだった。
季節はずれの向日葵が、優しく風に揺れていた。
観覧ありがとうございます。
初投稿なので、誤字脱字等ありましたら、ご指摘お願いします。