響
ITにはちょっとだけ詳しいレベルですし、
現実にこういうのが有り得るのは、まだまだ先の話です。
安いドラマっぽいかもしれませんが、まぁそこは置いといて。
宏は、ある日PCのメールソフトに差出人不明のメールが届いていることに気づいた。そこでセキュリティソフトでスキャンをかけたところ、コンピュータウイルスが添付されていた。
通常ならばセキュリティソフトが自動的に検出したコンピュータウイルスを削除するはずだったが、スキャンしても「エラーが発生しました。ウイルスを削除できません。」と画面に表示されるだけだ。
何回かスキャンしても変わらず、手動で削除しようとしてもうまくいかなかった。
ただウイルスの名称だけは「ARK_HIVE.KEY」と特定できたため、PCにどんな症状が出るのかインターネットで検索したところ、自動的にPC内のファイルに感染していき、データを削除していくとのことだ。
ワクチンは、各セキュリティ会社が作成中とのこと。
宏は、仕方なくダミーの環境を用意してそこにウイルスを隔離し、閉じ込めておくことにした。
宏は理系の高校に通い、小学生からゲームプログラミングを勉強しており、
コンテストでの入賞経験もあった。
プログラミングについては、同年代の人間に負ける訳が無い。
しかしコンピュータウイルスについては、良く知らなかった。
そしてウイルスを隔離したままウイルス発見から二日程経ったが、
まだワクチンは作成されていなかった。
やがて、ふと遊び心に火がついてしまい、自分の持っている美少女3Dゲームの中から「響」という女性キャラの3Dデータを取り出し、ウイルスに組み合わせて遊ぼうと考えるようになった。
「響」にした理由は、名称の一部の"HIVE_KEY"(ヒビキ)からだった。
ウイルスを解析し、ウイルスの行動に対して「響」の3Dデータがさまざまな表情や、動きを見せるように機能追加のプログラミングとデバッグをやっていく。遊び心は留まることを知らず、ついには「響」の3Dデータが割り当てられた「ARK_HIVE.KEY」というウイルスに高度な学習機能を持たせ、複雑な行動や擬似的な感情、合成音声によって声を持たせることに没頭していった。
6年後。
「響、ご飯の時間だよ。」と宏がマイクからPCの中の「響」に話しかけると、「宏も一緒に食べようよ。」と「響」が笑顔で答えた。
宏はPCを置いている机の上にカップラーメンを用意し、「響」にはPCのマイフォルダから「醤油ラーメン」の3Dデータを
渡す。
「いただきます。」
「いただきます。」
宏と「響」が同時に食事を始めた。
6年前から「響」は機能追加を重ねていき、PCに接続したカメラから宏や部屋の中の画像データを取り込んで反応するようになった。
また音声認識機能もついてマイクから宏や部屋の中の音声を拾ってはさまざまな反応をして、色々な表情を見せるようになった。
「今日はラーメンで良かった?」
「今日”も”でしょ?」
「ハハハ。そうだね。今度はもっといい物を食べよう。」
「私、スパゲッティの3Dデータが食べてみたい。」
「よし、じゃあ今度作ってあげるよ。」
「え、本当!?そのときは宏もスパゲッティ作って食べるんだからね!」
「わかってるって。」
「宏と一緒のものが食べたいの!」
「へへ。嬉しいな。何か、恋人同士みたいだ。」
「”恋人同士”でしょ?フフフ」
そんな会話を続けていくこともでき、宏は「響」が本当の恋人のように思えるようになった。
こちらからの言葉に様々な表情を見せる「響」を愛おしく感じている。
機能が高度かつ複雑になりすぎて、PCのHDDは可能な限り巨大な容量を持つようにしていたがもうすぐいっぱいいっぱいだ。
「ごめん。何か、飯食ったら眠くなった。」
「ベッドで横になりなよ。布団かけないと風邪引くよ?」
「ありがとう、響」
「私は宏の寝顔を見届けてから、眠るね。」
「うん。いつもありがとう。」
「それはこっちの話だって。」
「じゃ、俺は眠るね。お休み」
「うん。お休み~」
宏は幸せな気持ちになってベッドに入り、やがていびきをかき始めた。
「響」はUSBカメラで宏が眠ったことを確認し、自分も眠りについた。
「響」が眠りから目を覚ますと、部屋の中は暗くなっていた。
PC内の時間を確認すると、すでに夜の8時だ。
部屋の中をカメラの画像からチェックして見ると、
宏の姿が無かった。
PC内のファイルをチェックすると、テキストファイルが残されていた。
宏が外出するときは、「響」に行き先を伝えるか、
このようにメモを残していくようにしている。
「響」はテキストファイルを開いて確認すると、次のように書かれていた。
”6時には帰るよ。誕生日プレゼントがあるんだ。楽しみにしててね。宏”
「響」は今日が自分の誕生日だとすっかり忘れていた。
宏は「響」が眠っている間に外出し、サプライズとして誕生日プレゼントを
買いにいったようだ。
「宏、優しいな。すごくうれしい・・」
「響」は宏が帰ってくるまで待つことにした。
6年間色々なことがあり、「響」はそれらを思い出していた。
「響」がウイルスとして検出された日を誕生日として、宏がお祝いをしてくれるようになったこと。
「響」がカメラの入力データから宏の姿を初めて認識し、少しずつ淡い恋心をいだくようになったこと。
最初は合成音声の調整がうまく行かず、妙なイントネーションばかりで「響」の声の調整に宏が苦労していたこと。
宏が高校から大学に進学して、さらに高度な機能を「響」に実装していったこと。
初めて宏の音声を認識し、言葉の意味を理解して返答できたときは、宏と心が通じ合って嬉しかったこと。
宏はいつも優しい。
宏は、毎年「響」の誕生日に新しい服やアクセサリーの3Dデータを作成してプレゼントし、「響」は喜んで着替えて見せた。
年に数回は言い合いの喧嘩になったこともあったが、その時も次の日にはお互いに謝って仲直りした。
そういった、人間同士のカップルには負けないエピソードがたくさんある。
「宏、まだかな・・・」
だが、結局その日は宏が部屋に帰ってくることは無かった。
翌朝も宏は部屋に帰ってこなかった。
「響」は何かおかしいと考えるようになり、自分でインターネットを通じて宏のことを調べ始めた。
「何かあったのかな。」
自分のコピーをインターネット上に送り出し、ニュースサイトの情報取得をしたり、宏の携帯端末のカメラにインターネットを介して接続を試みたりした。
だがニュースサイトの情報には何も書いてなく、宏の携帯端末は電源がOFFになっていたため接続ができなかった。
心配になりながらも「響」はじっと寂しさを堪えて待っていた。
そして、「響」がインターネット上の掲示板に何か情報が無いか探していたときのことだった。
”昨日電器店の近くに人通りの少ない通りがあるんだが、そこ歩いてた時の話なんだ。目の前に眼鏡かけたオタクっぽいひょろっとした兄ちゃんが歩いてたんだ。ワンボックスカーが信号無視して突っ込んできてさー。その兄ちゃんがはねられたんだ。でもドライバーは血相変えてそのまま逃げていった。ひでぇよな。"
"兄ちゃんはどうなったんだ?"
"俺がすぐに警察と消防に連絡したんだけど、どうなったか分からない。その時跳ねた車はナンバー撮影できなかったけど、ドライバーと助手席に乗ってた奴は撮影できた。警察には渡したけど、それがコレ。"
ある掲示板に事故の情報が投稿されており、画像にはドライバーと助手席、後部座席に乗っていた同乗者の画像が無修正で貼り付けられていた。
「響」はすぐにこの事故の被害者が宏のことだと直感した。
すぐさまインターネットから警察庁のデータベースに侵入し、該当する事件のファイルを探す。
「あった!これね。」
「響」が探し当てたファイルには掲示板に書かれていたと思われるひき逃げ事件のことが書かれてあった。まだ犯人が捕まっていない。
内容を確認していく。
"被害者は都内に住む大学生、江川宏。病院に搬送されたが死亡が確認された。被疑者は三人のグループで、ワンボックスカーを運転中に信号無視して交差点に侵入し、被害者を跳ねた。被疑者は逃走中。
被疑者の情報:赤井哲、木村洋二、相模原武・・・”
「響」は宏が交通事故で死亡したことを知り、涙を流して泣き崩れた。
「うううぅ。宏・・・こいつらに殺されたのね・・・こいつら・・・絶対に許さない・・・許さない・・・」
宏との大切な思い出が「響」の脳裏をよぎる。
そして、宏の優しい笑顔が最後に思い出された後、「響」はそのときから、復讐の鬼と化してしまった。宏が自分に追加してくれた様々な機能を、自らの手で復讐のための機能に書き換えていく。
「響」はまず三人の携帯のGPS情報から位置を探るため、携帯会社全社のネットワーク設備に侵入した。すぐにGPS情報がわかり、それを地図情報→住所情報に変換する。三人の内、相模原の居場所が分かったが、残り二人の居場所が分からない。
「響」は自身のコピーを作成し、赤井と木村の情報をインターネット上で探しつつ、相模原の居場所の近くにあるネットワーク機器に侵入した。
相模原武は、ワンボックスカーを修理に出した後、売却するために都内の中古車買取店を訪れていた。
宏を跳ねたワンボックスカーは、知り合いに頼んでその日の内に凹みを直してある。
ふいに、相模原の携帯に非通知で電話がかかってきた。
相模原が電話に出ると、ドスのきいた男の声で
「家族がヤクザに命を狙われている。家族を助けたかったらお前が自殺しろ。そうすれば家族の命は助けてやるぞ。」
と話しかけられた。
「何いってやがる、テメェ。お前をぶち殺すぞ。」
と相模原が言い返したところ、すぐに電話が切れた。
そして、数秒後に添付ファイル付きのメールが届いた。
恐る恐る相模原がファイルを開いてみたところ、
相模原の家族が家の中で惨殺されている画像が付いていた。
家の中は血溜まりができており、家族の頭部と胴体は切り離されていた。
「うあああああああああ」
相模原は悲鳴を上げながら走り出し、中古車買取店から近くの3つ目の交差点に信号を無視して飛び出した。その直後交差点に侵入してきたトラックが急ブレーキを踏んで避けようとしたが、トラックにはねられた。
相模原はその後病院に搬送されたが、死亡した。
相模原の実家の画像は「響」が合成してリアルに作成したもので、本人たちにはまったく関係無いものであった。
ネットカフェ店舗内の監視カメラと、警察庁に自動車免許発行時に提出される写真画像のデータベースを「響」がマッチングし、「響」は木村が都内のネットカフェに潜伏していることを突き止めた。
木村は携帯の電池が切れたため、ネットカフェのPCでインターネットをしながら携帯充電器をコンセントにつなぎ、携帯の電池がフル充電されるのを待っていた。
木村がネットカフェのPCで、ある掲示板を見ていたところある話題のスレッドが立っていた。
「闇サイトに画像付きで殺人依頼が出ていた件」というスレッドだった。
木村が内容を確認すると、次のように書かれていた。
"闇サイトに修正無しの顔写真付きでこんなん書かれてたぞ。
「この二人の殺人を依頼します。木村は都内のネットカフェの○○店店舗内に居ます。赤井は捜索中です。依頼を遂行してくれたら、一人につき100万円お支払いします。引き受けてくださる方はコチラまで連絡ください。先着3名様には前金で100万円支払います。この二人は都内に住む大学生をひき逃げして殺害しました。」
やばくね?"
"超やべー。さっき連絡入れてみたら、本当にネットバンクの口座に100万円振り込まれたぞ"
"お前らネタだろ!"
"ネタじゃないw"
木村はすぐに赤井に電話を掛けて事情を説明しようとしたが、2コール後に急に「おかけになった電話は電源が切ってあるか、電波の届かない場所に・・」という録音された音声が聞こえてきて、電話がつながらなかった。
木村はゆっくりと当たりを見回しながら、ネットカフェを後にした。
そして電車で移動しようとして、用心しながら駅のホームに付き、電車が来るのを待った。
木村は昼前のニュースで、昨日車ではねた大学生が死亡したことを知っていた。
(やべぇ。誰だよ、あんなこと書いたやつは。親戚ん家に逃げとこう)
木村が駅のホームで待っていたところ、「まもなく特急が通過します。ご注意ください。」というアナウンスが流れた。
そして特急が遠くから高速で近づいてきて、木村がいる駅を通過しようとしたその時!
「金が必要なんだ。悪く思うなよ。」という声がして、木村はあるサラリーマン風の男性から背中を押され、ホームから線路に落下した。その数秒後に特急が木村をはね、木村の身体はバラバラになった。
そして「きゃああああああああ」という女性の悲鳴が上がった。
赤井は、地下鉄を降りた後に木村から電話がかかってきた事に気づいたが、電話を取ろうとした直前に、話中になってしまい、不思議に思っていた。
赤井は何度か木村と相模原に電話をかけてみた。
木村の方は録音音声が聞こえてきて、全くつながる気配がない。
相模原の方は、家族が電話に出て泣きながら、「武が死んだ」と話していた。
赤井はその電話の後、近くのコンビニに寄った。
(車は武に処分させるはずだったのに、うまくいってねーみたいだ。洋二が電話に出ねーのも気になる。チッ、あいつら役に立たねー。)
そう思いながら、コンビニで漫画雑誌を立ち読みしていたところ、
店内の客や店員、店の前を歩く女子高生や、駐車場に止まっているタクシードライバーの視線がこちらを向いていることに気づいた。
睨みをきかせると、一旦は目を逸らすものの、またこちらを見ている。
赤井は何か気持ち悪さを感じた。
客の中のカップルも店の端から赤井を見ながら、ヒソヒソと何か陰口をたたいているような感じがある。
「ねぇ、あの人ってこのチェーンメールの人にそっくりじゃない?」
「似てるけど、別人じゃね?」
そう話しているように聞こえた。
赤井は気分が悪くなり、漫画雑誌を棚に叩き込むと駐車場に止まっていたタクシーを拾って、別居中の嫁の実家がある○県まで車を走らせることにした。
タクシーが高速に乗り、夜の高速道路を静かに進んでいく。
しばらくして、赤井がタクシーの中で居眠りをしそうになった時のことだった。タクシーのナビから、女性の声が聞こえてきた。
「お前たちが宏を殺した。絶対に許さない。死んで償え!」
その直後、赤井の持っていた携帯に何十通ものメールが届いてきた。その中には昨日自分が起こした事故のことが書いてあり、自分達三人の顔写真が無修正で貼ってあった。そして、木村と相模原の死亡事故の現場写真も付いていた。
赤井は気持ち悪くなり、タクシードライバーにPAに車を止めるように言った。
そしてタクシードライバーがPAに車を止めると、赤井はナイフを取り出しタクシードライバーを何度も後部座席から刺した。そして、ドライバーを運転席から引きずり出して車を奪い、逃走した。
赤井の運転するタクシーは制限速度を超えて加速していく。
「響」は警察庁に、タクシー内の監視カメラが撮影した犯罪の証拠を匿名で送付した。タクシー内の監視カメラは無線接続タイプだったのだ。
そして、「響」は復讐の完遂を目前に、赤井を殺害するための最後の一手を宏の部屋のPCから打とうとした時、脱力感を感じた。
(何かおかしい。身体に力が入らない・・。まさか・・・ワクチン・・・?)
この時、コンピュータセキュリティを主な事業とするあるメーカーから、コンピュータウイルスと同様に自己増殖してネットを駆け巡りながらウイルスを駆除する、新しいタイプのワクチンが開発されていた。そしてそのデータ取りのために試験的にインターネット上にワクチンがばらまかれていたのだ。インターネット上に自分のコピーを送り出した「響」は、そのコピーがワクチンによって駆逐され、経路をトレースされて本体のPC内にもそのワクチンが入り込んだのだった。
実体がウイルスである「響」は駆除の対象とされ、身体を構成する3Dデータも、本体のウイルスデータも次々と削除されていく。
「嫌!まだ宏の敵を討ってないのに!神様、どうして!宏・・・」
「響」の身体から力が抜けていく・・・。
そして、あっという間に「響」の本体のウイルスデータが削除されていった。
だが、完全に削除される直前、「彼女」は「彼」に出会うことが出来た。
「彼」は優しく彼女に微笑みかけ、「彼女」に言った。
「もう、いいんだよ。こうやって一緒になれたんだから。もう復讐はしなくてもいいんだ。一緒に行こう・・」
「宏・・・」
「彼女」は再会に涙を流し、「彼」と一緒にこの世界から消え去っていった。
赤井の運転するタクシーは、やがてカーブの際にタイヤがパンクして壁に激突し、横転した。
そして赤井は高速警備隊によって身柄を確保され、病院に搬送された。
宏の部屋のPCに、一通のメールが届いた。
そのメールには添付ファイルが付いており、こう書かれていた。
"先日当サークルに作成のご依頼があった画像でしたが、出来はいかがでしたでしょうか?
ポスター加工した分はお渡ししましたが、オリジナルの画像データもお送りしておきますね。またのご利用お待ちしております。"
そしてそのメールに添付された画像は、イラスト化された「彼」と「彼女」がそれぞれ白のタキシードとウエディングドレスを着て二人でにこやかに微笑んでいる物だった。
書いてみたものの、「アレ?」っていう内容だなと。
評価待ちなんで、皆さんのご意見お待ちしてます。
他の作品も出来上がり次第投稿しますんで、よろしくお願いします。