異常事態的な
「その一団は本当に帝国の者か? いくらなんでも途中の領土を収める領主達が黙って通すはずもあるまい、それに最低限連絡は寄越すはずだろう」
「掲げる旗や鎧は偽造可能でしょうが、何割かの騎士が帝国独特の兵器を持っていたとのことです。どちらにせよ、帝国の関与は疑うべくもないかと」
「さもありなん……か……」
ルクルーシェ様は天を仰いだ。信じたくない事実を無理やり受け入れさせるように。
「迎え撃つぞ。奴等を王都へ入れるわけにはいかん」
「御意」
「お前達はすぐさま避難した方がいい。万が一が起こらない確率は0ではない。シューラ、お前もだ」
「お、お姉さま……」
「わたし達もですか?」
「付いてこい、共に行こうとは言ったが、軍所属でもない者を死地になるかもしれない場所へと留まらせる事など強いる訳が無かろう。役割が違うのだ」
それは暗にお嬢様に今出来る事は無いと言っているんだろう。
事実お嬢様に戦闘能力は皆無だし、ここに残っていてそれこそ万が一があったら悔やんでも悔やみ切れない。
籠から飛び出しても無力であることには変わらない。
そんな事を考えているんじゃないだろうか。
お嬢様は躊躇いを見せながらも首を縦に振った。
ルクルーシェ様は満足そうに頷き、状況確認と行動を決めていく
「敵のおおよその数とこちらで今すぐに出撃可能な戦力はどのくらいだ?」
「敵の数は約二千、城には約一万の兵が在中しておりますが、すぐに出撃出来るのはその二割程度かと」
「人数を整えるよりも速さを優先させろ。城の非戦闘員は退避。伝達を急げ!」
「は!」
クラウさんは敬礼の後に凄い速さで飛び出していく。
「お前達も急げ、時間は無いのだぞ」
「あの……ルクルーシェ様は……?」
『一緒に行く』ではなく『避難していろ』という言い回しに疑問を持ったお嬢様が訪ねた。
「兵を率いて出る。愚王と愚兄がこのような非常時にまともな判断を取れるとも思わん。なに、これでも自分が重要人物であることは理解している。最前線で戦う等ということはしないさ。さあ、本当に早く行け」
そしてルクルーシェ様の視線は僕とユリアさんに移り、
「お前達もしっかりと主を守れ。それと、護衛は付けるがシューラの事も頼む」
僕とユリアさんは戦う力は持っているけれど、軍の人間じゃないので勿論避難する方だ。
僕達がそれなり以上の力を持っていることは知っている筈なのに、戦力に加わって欲しいとは言わない。一般的な良識を持っているなら普通の事でも、今この状況でそれを口にしないのは勇気がいると思う。
シューラ様の事を頼んだのは、意志をしっかり持って責任感のある彼女のささやかな甘えなんだろう。
だったらそれくらい引き受けないとね。
――と、そんな綺麗事を考えていられたのは、やっぱりちゃんと今が非常事態なんだということをちゃんと理解していなかったのかもしれない。
僕とユリアさんが返事をしようとした瞬間、城内に爆音が鳴り響いた。
「馬鹿な!? 何故城内で!?」
ルクルーシェ様は驚愕の表情で音のした方へ顔を向け、そのまま弾かれたように部屋を飛び出してしまった。
そしてこの非常時に、僕達は放って置かれたことになる。
まあ一応逃げろとは言われていたし、そうした方が良いか。冗談抜きでここは危険なんだ。
しかしお嬢様が当たり前のように、
「何してるの! 早く追って!」
「「お嬢様!?」」
あろうことが自ら危険に飛び込むようなその指示は、僕とユリアさんを大いに困惑させる。
中途半端な感じで放り出された事は否定しない。
しかし、お嬢様を危険に晒す事が分かっている場所へ連れて行く事を是とすることは出来ない。
いつもはお嬢様に甘いところがあるユリアさんも、キッパリと告げた。
「お嬢様、それはなりません」
「どうして!?」
「何が起こるか分からないからじゃないですか。そんな場所にお嬢様を連れて行ってもし何かあれば僕達は……」
「でもっ! 今の爆発音、ただ事じゃないよ! 何か悪いことが起こったとしか……」
「例えそうであろうとも、わたくし達がどうこうできる問題ではありません。それに、例えどうにか出来たとしても、お嬢様を危険に晒す理由足り得ることはありません」
聞きようによっては冷徹とも言える内容。
そういう面がある事は知ってるけれど、それが直接お嬢様に向けられたのは僕が知る限り初めてだ。
普段向けられることのないユリアさんの冷たい響きに、お嬢様は絶句して泣きそうな顔になる。
……僕には絶対あんな風にするのは無理かな。
ユリアさんがこんな態度を取るのがひとえにお嬢様を思っているからだというのは明らかであり、だからこそ今はいつもの平穏とは程遠い事態なんだという事実が徐々に体の中に浸透していく。
「それでは、ここもいつ危険になってもおかしくありません。早々に退避いたしましょう」
「ですね。イル、シューラ様、僕達から離れないように……」
「イルちゃん、シューラ様……?」
傍にいた子供二人に声を掛けようとして気づいた。
――いない。
さっきまでここにいた二人の姿が消えている。
「――っ! イル! シューラ様!」
「ユーリさん、何処へ――!」
後ろからユリアさんの引き止める声が聞こえてくるけれど足を止めることは出来ない。
くそっ! 子供ならさっきの爆発音が気にならないわけが無いのに! 二人共違う意味で普通の子供とは微妙にずれているから注意を払うのを怠ってしまった!
確かにお嬢様が大切で、絶対に傷ついて欲しくないと思っていることは断言できる。だけど、身内と知り合いの女の子達を見捨てられる程非道にはなりたくない。
何が一番大事かなんて比べられるものなんかじゃないんだ。
だから、今まさに危険な場所へ行ってしまったに違いない二人を連れ戻すために城の中を駆ける。
「イル……っ! シューラ様……っ!」
爆発が聞こえた時に一番先に部屋を飛び出したのはルクルーシェ様だから、あの二人はそれから僕達が言い争っている間に部屋を抜け出した事になる。
爆発の原因が何だったにせよ、あの二人が辿り着く前に連れ戻さないと!
ひた走る僕の息遣いがうるさく感じるのとは裏腹に、城内が不気味なほど静かなのは人がいないからか。ルクルーシェ様かクラウさん辺りが退避するように指示でもしたんだろうか。
けど、非戦闘員ならともかく城を守るべき兵の姿すら一つも見当たらないのはどういう事なんだろうか?
頭の隅をよぎる疑問は、爆発音に近づくに連れて聞こえてくる剣戟と、いつまで走っても二人の姿が見えない事による不安にすぐに取って代わられた。
くそっ、いくら何でも子供が走る速さなんてたかが知れてる筈なのに、なんで見つからないんだ!
剣戟の音がかなり近くなってきた。
最悪の想像が頭をよぎると同時に、いきなり曲がり角から刃が迫ってきた。
完全な不意打ち。
当たれば重傷、場所が悪ければ即死の一撃は、掲げられた扇――僕の霊器で受け止められた。
「なっ!?」
「残念、戦いの音が迫ってるのに警戒をしていないわけが……」
言葉が尻すぼみになっていく。
僕の視線は目の前の刃ではなく、それを振るう輩の服装に奪われていた。
それは、この城に来てから何度も見てきた物。
僕を殺そうとしたのは、何故かこの国の精霊師だった。
「ちっ!」
受け止められるとは思っていなかったのか、舌打ちとともに一歩下がり、僕の様子を伺う精霊師。
仕切り直しのつもりだろうけど、僕にはここでコイツ一人に構っている暇は無い。
相手が下がると同時に全力で駆け出し、その勢いで精霊師の鳩尾に飛び蹴りを一発。この動きは予想外だったようでモロに決まり、呻き声を上げて気絶してしまった。
「ああもう、一体何がどうなってるんだっ!」
焦りが語気の荒い独り言になって消えていく。
いつまで経っても見つからない二人。
あまりにも人がいない城内。
襲いかかってきた精霊師。
そして今も着々とこの城に迫って来ているはずの帝国とやらの軍隊。
色んな疑問と焦りが混ざって頭の中をぐちゃぐちゃにしていく。
疲れているわけじゃないのに息を荒げて、意識もせずに足が動いていく。
声が聞こえてきた。
怒鳴り声、笑い声、そして……それら全てを掻き消す程の数々の悲鳴。
この先に進むべきじゃないと、直に見たら絶対に後悔すると、頭の大部分が警告を発している。
それなのに、歩みを止めることが出来ない。
そして、件の場所を目にした。
そこはまさに阿鼻叫喚だった。




