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精霊の執事  作者: 3608
執事修行的な
3/68

驚きの就活的な

やっとあらすじをなぞれます。ただし、一部はまだ先です。

 呆けた状態で固まったまま目の前の女の子は動かない。

 ウェーブの掛かった髪は飽くまでに鮮やかな金色で、目は吸い込まれそうなくらいに深い蒼。典型的といえば典型的だが、ここまで鮮やかな色彩の色と目をした人間を探すのはなかなか難しいんじゃないだろうか。

 現実逃避気味に落ち着いて観察している僕だけど、視線は目の前の女の子に固定したまま一ミリも動かない、というよりも動かせない。

 人は理解の追いつかない事態に陥ると脳が処理落ちして反応を示すことが出来なくなるという。なるほど、納得だ。今まさに僕がそんな状態なんだから。実際に体験して納得することになるとは思わなかった。――そして、こんな状態で体験なんてしたくなかった。


「…………」

「…………」


 お互いに相手から目をそらすことも出来ず、なんだか変則的な我慢比べのような様相になってしまうかと思われたけれど、先に復活したのは僕だった。

 落ち着いて深呼吸して周りを見渡す。

 場所はどこかの家の一室……いや家にしては部屋が大きすぎる、この規模だと(仮に部屋数がごく一般的な数だとして家全体の大きさをざっと計算すると)もはや家というより屋敷に近いような気がする。

 そして僕はその部屋の窓べりを椅子にして腰掛けている状態だ。

 対する女の子は窓のそばに設置されたベッドの上で(つまり僕がいる位置からかなり近い)上体を起こした状態で寝巻きなのかやや薄めのヒラヒラした服を着ている。正直目の毒なのでさりげない仕草で目線を逸らす。うん、紳士的な振る舞いだ。

 それで、ある程度の観察を終えたところで紳士な僕はどうやってこの場を切り抜ければいいんだろうか。そしてそもそもなんで僕はこんな状況に陥っているんだという疑問が後から後から次々と湧いてくる。が、それを今は力づくで無理やり頭の隅にやって後回しにする。そんなことは後でじっくり考えればいい、今は目の前のピンチだ。

 ここで落ち着いて順を追って今現在の状況を確認してみよう。

 年頃の女の子の部屋に断りもなく、更にちゃんとした入口を通らず、そして女の子が寝巻きをきた状態で、そもそも(女の子の呆け具合からして)突然現れるという意味不明な登場をした上にその人物は男←僕。

 どんな色眼鏡で見ても僕に変質者のレッテルが貼られる展開になること間違いなしだ。

 いっそのこと逃げてしまおうか。いや、確かにその手はこの危機的な状況を脱出する手軽な方法かもしれない。ただし、その代わり僕はこの訳の分からない状況で一人放り出されることになる。

 目先のピンチを逃走という手で乗り切ったとして、その後に孤立無援で色々と訳のわからない問題を解決できるかと言われれば僕は間違いなくノーと答えることができる。

 逃げた後に人の集まる場所まで移動して誰かを頼るという手も無いわけでもない。

 けれど、僕は人の悪意というものを知っている。それに、頼る相手のいない天涯孤独の人間というのはその手の筋の輩の格好の獲物だということは少し考えればすぐにわかる。

 勿論、人には悪意だけじゃない、善意だって存在することはきちんと承知している。むしろ悪意の方が少数だということも理屈の上では理解している。

 ただ、僕は偉そうな持論を展開したけれど、相手の目を見ただけでその人が善人かどうか分かるなんていう漫画の老師的な能力なんてものを僕は持っていない。善人のフリをした悪人に捕まったりしたらもうアウトだ。

 よって逃げるのは却下。

 そうなると残った選択肢は必然的に未だに呆けたままの目の前の女の子に庇護を求めるという一択になる。

 さっきは相手が善人かなんて判断できないなんて思ったけれど、さっき意識がはっきりしなかった時に聴こえたこの子の――あの温かくて安らぐような歌はこの子が悪人ではないと信じる理由にしてもいいんじゃないだろうか。

 それにこのまま誰も彼も疑って堂々巡りになったら本末転倒だ。だったら自分が信じたいと思った相手を信じるのが一番の最善手じゃないか。

 そんなわけでまずは目の前の女の子を正気に戻して僕に害意が無いことを伝えようじゃないか。言葉はコミュニケーションの基本だからね。


「あのですね――」


 コンコン。

 僕が口を開いて女の子を復活させようとした瞬間、この部屋の外から控えめなノックが。その音は僕に忍び寄る絶望の足音を幻聴させた。


「お嬢様、おはようございます、ユリアです」


 聞こえてきたのは落ち着いた女性の声。

 今の呼びかけだけで女の子と向こうの女性の関係、その他諸々の情報が手に入ったけれど状況は全く好転していない、というか完全にアウトな方向へ転がっている。

 その上女の子を復活させるのが遅れてしまっていたのも最悪な要素だった。

 

「あ、うん、おはよう。入って、マリア」


 かけられた声に反射的にという感じで入るように促してしまった。多分今のはいつものやり取りで、声を掛けられた拍子に無意識の内に出てしまったんだろう。そのせいで反応が遅れて対処も間に合わなかった(反応が間に合っていても対処のしようがなかったと思うけれども)。

 時間がゆっくりと進んでいくような錯覚を起こしながら、無慈悲にも部屋の扉が開かれていく。


「失礼します。お嬢様、今日も――」


 ほぼ予想通り、入ってきたのはワゴンカートを押し、今や秋葉原の代名詞といっても過言ではない服装を自然に着こなしたメイドさん。

 まず目を引いたのはメイドさんの目だ。紫と赤というように、左右で色が違う。血のように紅い髪は無造作に後ろに流されている。

 一瞬でそこまで認識したそのメイドさんの左右で色の違う目と、判決を待つ被告人のような気分で視線を送る僕との目が合い――


「っ――賊か!」


 ほんの少しだけ処理落ちして呆けるなりしてくれないかなとも思ったけれどその儚い希望も塵と化し、僕が弁明する間も無くメイドさんはワゴンカートに乗っていたティーカップを無駄のない動作で投擲してくる。


「うわっとお!」


 かなりの速度で飛来するティーカップだが、距離が離れていたので僕でもなんとか避けることができた。

 しかしその隙にゆったりとしたデザインのメイド服からは想像もつかない程の疾駆で一気に距離を詰められた。


「お嬢様、失礼!」


 まだイマイチ状況が把握しきれていない女の子に断ってベッドに跨り、どこから取り出したのかその手に食事で使うようなデザイン重視のナイフを握って僕へと振るってきた。仰け反った拍子に窓べりから落下すると頭を打った痛みもそこそこに、一瞬前まで僕の首があった位置をナイフが通過するのを目にして遅ればせながら冷や汗が溢れ出してきた。

 

「ちょっ、ちょっと待った! 僕は怪しいものじゃありません!」

「そのナリで、あの状況で、どの口がそう言うか!」


 言われて初めて僕の様相を確認してみる。

 掛け合わされた真っ白な襟は同じく白い紐で締められており、余計な装飾というものは一切排除されたシンプルな衣装。恐らく人生で一度くらいは目にするであろうその衣装は……どこから見ても立派な白装束(幽霊が着ているようなあれ)だった。ちなみに額を触ってみても三角頭巾は巻かれていなかった。

 ……賊はともかく、不審者と言われても何の反論もできなさそうな服装であることは確かだった。というか何故に白装束?


「さあ、見苦しい言い訳は終わりですか? では、大人しく衛兵に引き渡されてください」

「あのちょっと本当に、怪しいっていうのは撤回しますけど、やましいことを考えてたわけじゃないんです! むしろ僕にもなんであんな状況になってたのか訳が分からないくらいなんです!」

「詳しいことは衛兵たちに申してください。これ以上お嬢様のお屋敷で見苦しく喚かないでください」

 

 軽い足取りで僕の目の前に降り立ったメイドさんからの無慈悲な宣告。

 衛兵に突き出される→身元を証明出来なければ無実も証明出来ない(というかこんな身分が高そうな女の子の屋敷に侵入しただけでかなりの罪なのかもしれない)→牢屋へGO→ヘタをしたらそのまま一生→END

 脳内で一瞬でたてた図式で僕の人生がお先真っ暗であることが確定したことを悟る。

 …………終わった。

 

「ちょっと待ってユリア」

「……お嬢様?」


 窓から身を乗り出した女の子の静止にの声ににメイドさんが怪訝な表情を向ける。

 女の子はメイドさんに構わず僕の目をジッと覗いてくる。さっきまでの呆けた視線ととは打って変わった全てを見透かすようなその目は、妙な居心地の悪さを抱かせる不思議な迫力を秘めている。メイドさんもその気配を察しているのか、口を出そうとしない。

 長い長い沈黙の後、やがて女の子はニコッと笑って、


「うん、この人は悪い人じゃないよ」

「しかしお嬢様、このような怪しい輩を捨て置くなど……」

「ユリアは私の言うこと……信じられない?」


 目を潤ませて悲しそうにメイドさんを見る女の子。捨てられた子犬のようなその目は見るものに罪悪感を抱かせる必殺の魔力を持っている。それを向けられたメイドさんはうめき声を上げて後ずさる。


「いえ……お嬢様のおっしゃる事を疑うなどとは……」

「どうしても心配ならユリアもこの人の目を見てみてよ。そしたら大丈夫でしょ?」


 そこまで言い切られて不承不承と僕を凝視してくるメイドさん。ただし、その目は憎き敵を射殺さんとする殺意に近いものがありったけ込められた目だった。居心地が悪いを通り越して仕留められるのを待つ獲物のような恐怖が湧き上がってきた。


「どう? 悪そうな目じゃないでしょう?」

「確かに、人を殺める者にしてはこちらが同情してしまいそうになる程に情けない目をしておりますが……」

「おいこら」

「なんですか不審者、衛兵に突き出しましょうか?」

「申し訳ありませんでした」

 

 一瞬の間もなく土下座。というかこの場の決定権はメイドさんじゃなくて女の子の方にあるはずなのに体の方が先に反応してしまった。……情けないと言われても否定できなかった。

 

「それでお嬢様、この者の処遇はいかに?」

「何もしないよ。だから帰るべき場所に帰るんだよ、不審者さん?」


 そう言って不審者であるはずの僕にニコリと笑みを浮かべてくれる女の子。

 その笑顔は裏表を感じさせない、それでいて友人たちのようなバカ笑いとも違う、相手への慈しみに溢れた優しい笑顔だった。僕になにもせずに帰る場所に帰れと言うのも、彼女がそれが一番の最善だと思っているからなんだろう。

 …………けれど、僕はどこに帰ればいいのか分からないんだ。そもそも帰る場所があるのか、あっても変えることができるのかさえ定かじゃない。このままここを去っても、僕はちゃんと生きていくことさえ出来るのか怪しんだよ。

 いつまで経っても動こうとしない僕に女の子は何かを察した様子で訊きにくそうに、


「もしかして君……帰る場所が無いの?」

 

 是とも否とも答えられない。しかし、それは少なくとも僕がこのまま去ることが出来ないと語ったのと同義だった。

 もしここで彼女が出て行けと言うのなら、僕は素直に出て行って人の集まる場所へと行くことになるだろう……右も左もわからない状態でまともに生きていけるのかは別にして。

 元々彼女には僕を助けるような義理は無い。

 そもそもよく考えたらどうやって助ける? 

 さっき庇護を求めるなんて考えたけど、彼女は見た感じ僕とそう年齢は変わらない。そんな彼女に何が出来るというのか。

 彼女に親に頼んでもらう? その親が僕を信用するとは限らない、元々(多分)賊と変わらない現れ方をしたんだから尚更だ。メイドさんは女の子と主従関係にあるみたいだから言うことを聞いていたけれど、娘の我が儘でどこの誰かも分からない僕を助けるなんてことするはずがない。

 結局……僕は優しいこの女の子に甘えて、無理難題を押し付けて、迷惑をかけているだけなんだ。

 ……出ていこう。

 踵を返してこの場から去ろうとする僕、それが背中に掛けられた提案でピタリと止まった。


「だったらここで働かない?」


 一瞬その言葉が信じられなかった。

 ここで働く、それはつまりこの屋敷で雇われるということ。

 けれど、自分で言うのもなんだけれどどこの馬の骨か分からない僕を雇うことを彼女の親が承諾するだろうか。これだけ大きな屋敷だ、雇い入れる人間も厳選するはずなのに……。まさか彼女がこの屋敷の主だったりするというオチだったりするんだろうか。

 混乱している僕の前でメイドさんが慌てて女の子に詰め寄る。


「お、お嬢様! こんなどこの馬の骨か分からない者を軽々しく雇うなどと……!」


 うん、自分で思うのは平気だけど他人に馬の骨なんて言われるとカチンとくるね。事実だけど。


「大丈夫だよ、ユリア。この人は悪い人じゃない、条件ならそれだけで大丈夫なのはあなたもよーく知ってるでしょう?」

「そ、それは……」


 言っている内容は理解出来ないけれど、言い返せなくなったメイドさんは話の対象になっている僕をキッと睨みつけてきた。

 その後メイドさんは幾つか問題を挙げるも、女の子はそれをことごとく切って捨ててあれよあれよと言う間に僕が雇われる流れが作り出されてしまった。

 そして話を終わらせた女の子がこちらに向き直る。


「私はこのジュレリア家が長女、リイル・フォン・ジュレリア。あなたのお名前は?」


 名前……僕の名前……。久しぶりな感じがする慣れ親しんだ僕の名前は……。


「……悠里ゆうり

「ユーリ? ふふ、可愛い名前」


 苗字も言うべきだったのかもしれないけれど、なんとなくこの場で苗字を名乗る必要が無いような気がして名前だけを名乗った。

 それにしても見事に友人たちと同じ反応をされてしまった。よく女っぽい名前だとからかわれてりしてその度にいじけていたのが思い起こされる。


「それでは改めて。ユーリ、あなたは私に雇われて……いえ、付いて来てくれますか?」


 そう言って少し緊張の混ざった表情で、精一杯伸ばされた女の子の傷一つない綺麗な手。それに僕は……


「はい、僕は力の及ぶ限りあなたについて行きます、お嬢様」


 肯定と淀みのないお辞儀で応えた。

 ……その後にメイドさんに、怒られました。あそこでは跪くべきだったと。仕方がないじゃないか、そんなの時代劇とかみたいなのでしか見たことなかったんだから……。

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