プロローグその二的な
短いですし結構意味不明ですが、何だかんだで後の伏線になってます。
ここはどこか。
自分が寝ているわけではないのはわかるが、その意識ははっきりとせず、まるで深い眠りから起きた直後のようにあやふやで、何も考えることが出来ない。
視界は真っ暗……というよりも何も見えていないという方が正しい。音は……時々どこからか喧騒のようなものが聞こえてくるが自分に何か影響を及ぼすわけでもない。自分に何かが触れている感覚もない、というよりも体の感覚そのものを全く感じない、互換の殆どが機能していない状態だ。
しかし……ただ……それだけ。たとえ自分どんな状態であってもそれに対する感情というものが働かない。だから何を思うこともない。ただ数少ない外界の情報を感じるだけ。いわばそこにあるだけの存在。
何を思うことも無いと時間の感覚もあやふやになる。この何もない世界で時間というものがどれだけ意味のあるものかはわからないが。
◆
長いような短いようなそんな状態で存在している内に、時折自分以外の何かの存在を感じる。今まで感じたことのない感覚だが確かにそこに何かが存在している。しかし、何をするでもない。自分は外界を感じるだけの存在だから。
時折感じる自分以外の存在の気配(?)の動きからして、向こうに明確な意思というものは無く、ただ単に何かに身を任せて漂っているような感じだ。しかし、それらはその時々で気配の数や質が大きく違う。もしかしたら自分も同じように漂うようにして移動しているのかもしれない。
◆
ある時、いつもの気配に混じって異質な気配を感じた。
その異質な何かを感じた瞬間、まわりのいつもの気配が逃げるように遠ざかっていく。そして、いつもは(多分)漂っているだけの自分もその異質な気配から逃げるように指向性を持って移動している。意思の関係ない――本能のようなものに突き動かされた感じだ。
異質な気配が十分に遠ざかると何もなかったかのように平常運転に戻った。決して気持ちのいい体験ではなかったし、あの気配の元が今まで知らなかった脅威に成りうる存在であることは事実なのだろうが、考えることの出来ない今の状態では単なる出来事の一つとして記憶の隅に埋没するしかなかった。
◆
最近珍しくもなくなってきた自分以外のなにかの気配だが、どうもいつものものとは様子が違う。漂っているのではなく何かから逃げているのでもなく、明らかにどこかを目標にして引き寄せられるように移動している。
そしてある地点で止まったかと思うと段々とその気配の強さ(?)が大きくなっていきそして――消えた。消滅してしまったのかどこか別の場所へ移動したのかは確認しようもない。そもそも確認しようといる意思そのものがない。
初めての経験だったがそれで何がどうなるわけでもない。
自分はいつものように何も考えずにここに存在しているだけ……。
◆
今日も今日とて(日にちの概念は自分がこの状態になってから消え失せているが)何を考えるでもなく漂っているだけの自分。
そんな折、自分の方に何かが近づいてくる気配が一つ。
どれほどか前に遭遇した異質な気配とは違う、どちらかといえばいつも感じている方の気配に近い。ただし……その大きさというか強さというか、その存在感はいつものものとは比べるのもおこがましい程に大きい。
その自分と比べたら明らかに上位であるその存在だが、本能が警告を発して勝手に自分を逃がすようなことはしなかった、むしろ積極的にその存在を受け入れるように自分の方から近づいて行っているような気がする。
「あら? あなた、この辺の子じゃないわね。迷子かしら?」
何か声のようなものを聞き取ったような気がする。こんな状態になってから初めての事態だったが、だからといってどうということはない。
それでも、その音は不思議と安らぐような落ち着いていくような、揺りかごに揺られているかのような心地よさで自分の中に染み渡っていく。
「自分の性質に合わない場所に無闇にとどまるのはあまりいいことではないわ。あなたは早くあなたの場所に帰りなさい」
相手の気配が自分に接触しようと近づいてくる。
「うん、まだ弱っているというほどでもないわね。それに意思の芽も感じる。近いうちにあっちに渡れるようになるかもね」
自分の体が押されるような感覚と一緒に相手の気配が遠のいていく。
「今のあなたにはわからないでしょうけど、縁があったらまた会いましょう」
その音を最後に音は途切れ、相手の気配も感じなくなった。
何か意思を伝えたかったのかもしれないが、今の自分には音の羅列と変わらない。
今回は初めて自分という存在に意思を向けられた感じた体験としておぼろげな記憶に記録された。
◆
自分以外の気配を感じることは完全に当たり前になり、それが何かに吸い寄せられるように移動してから消えるという現象も度々体験した。あの異質な気配に遭遇することも何度かあった。
しかし、それのどれもが自分にとっては単なる体験でしかなかった。体験について何かを思うという機能が今の自分からはすっぽり抜けているのだから。
そんな既知の感覚ばかりの中で、唐突に自分のあやふやな知覚が知らないなにかを捉える。
「~~~~~~」
前に一度だけ体験した音と少し似ている。あの時と違うのはその音に一定のリズムや音の高低、そして強弱があるというところだ。
意思があるはずがないのに、誘われるようにその音の発生源に近づいて行っている自分がある。
「~~~~~♪」
近づくにつれて音が明瞭になっていく。
そしてその音の性質に自分は――――僕は、覚えがある。
これは……誰かの歌だ。子供に聞かせるようなゆったりとした優しい歌。とても……温かい。
歌なんてどれくらいの間聞いていなかっただろうか。そもそも僕は現在どうなっているのか。
そんな諸々について気にするよりも、今はこの歌をもっと聴いていたい。もっと近くで聴きたい。
無意識じゃない、僕が望むままにどんどんと歌の主へと近づいて行って…………
「…………へっ?」
「…………あれ?」
ふと気づけば歌は途切れ、代わりに僕の目の前にはクリッとした目を丸くさせた女の子がほうけたようにこっちを見ていた。
…………どうしようか、この状況。