プロローグ的な
主人公の人格構成はこのプロローグで大体済ませます。なので前世のプロローグとしては長めです。が、この先の主人公の思考方法ではこの内容がちょくちょく出るので、飽きずに見てくれると嬉しいです。
世の中というのは理不尽に満ちている。
必死に努力した人間を才能のある人間がちょっとした努力で易易とその先を行く。
誠実に仕事をして賃金を得る人間よりも、悪どいことをして金を手に入れる人間の方が収入はずっと上。
大した理由も無いのに学校で発生するイジメ。
挙げようと思えばいくらでも挙げられる。世の中というのはそんな世界だ。
こんなことを考えるようになったのはいつの頃だろうか。中学の頃にガラの悪い連中に目を付けられて酷い目に遭っていた同級生を間近で見ていた頃だろうか。それとも頭は悪いのに学校に裏金を渡して入学した輩がいるのを知ったときだろうか、そのせいでその学校に落ちた人もいたはずだ。それとも文字通り血のにじむような練習をしたのに一回戦で敗退した野球部の泣き声を偶然聞いてしまった時だろうか。
どれもこれもが理不尽だ。
けれど、そこまで考えると僕にそんなことを考える資格はあるのかといつも自嘲してしまう。
僕は世の中で言う天才や容量のいい――つまりは、人生で大成功をおさめるような人間じゃあない。けれど、いわゆる不遇な人間というわけでもない。
勉強も運動も大した努力はしてなくても真ん中程度の成績は維持できていた(これをどう取るかは人によると思うけれど僕はこれで満足していた)。高校受験でもレベルはそこまで高くはないけれど第一志望の学校にしっかりと受かることが出来た。
我ながら悪くない人生を送っていたと思う。けれど、世の中に呪いのように存在する理不尽の数々に段々と現実に対する熱意というものが沸かなくなっていった。
◆
そんな中で高校生になって二年目のある日、いつもと変わらないある意味で幸せである意味で空虚なその日に、僕は開発予定地の前を通った時に一輪のつぼみを見つけた。
しかし、そのつぼみは根を半ば掘り起こされてシオシオに枯れてしまっていた。恐らくすぐにショベルカーで掘り起こされた土と一緒にどこかに捨てられて花を咲かせることもなく地に帰る運命だろう。
その場所は以前は自然に溢れた現代では珍しい環境の場所で、何種類もの花が咲いていたのを覚えている。
世の中というものが人間が作り出したものであるのなら、自然に生きている植物は世の中の埒外であるはずなのにそれでも理不尽を被ってしまう。まるで毒だ。どんどん広がって色んな物に被害を与える毒だ。
僕は今まで理不尽を身近に感じながらも、それに直接関わったりするようなことはなかった。関われば今度は自分に理不尽が降りかかるからだ。
しかし、今ここであの植物を理不尽から救っても僕が理不尽を被ることはない(多分)。
その時は単に気が向いただけだと思う。僕は気がついたら近所の雑貨屋で植木鉢とスコップ、肥料を買ってそのつぼみを植え替えて家に持って帰っていた。
◆
部屋にそのつぼみを飾ったけれど、どうせこのまま枯れてしまうのを待つだけだと特に期待などはせずに適当に土に肥料を混ぜ込んで水をやってそのままにした。
翌日、目を覚ましてからもう枯れたかなと思って鉢植えを見てみるとまだつぼみは枯れていなかった。まあ、さすがにそんなにすぐに枯れる物でもないと納得した。
三日後、まだ枯れない。それどころかどことなく葉っぱや閉じたに色ツヤが戻ってきているような気がした。
一週間後、気のせいじゃなかった、確かにつぼみが元気になっている。まさか元気になるとは思わなかったので困惑した。
気がつくと僕は朝起きてから鉢植えを見るのが楽しみになっていた。まさか僕が何かを楽しみになるなんてね……。
そしてある日、ついにその日が来た。
僕が目を覚まして鉢植えに目をやると、
「…………」
僕はその時口をアングリと開けていたと思う。
何故なら、昨日までは閉じられていた花弁が今僕の目の前で大きく開かれていたから。
その花はうっすらと青が混ざったような淡い水色、そして先っぽが三股に分かれたやや特徴的な形をした花弁が中央の雄しべと雌しべを守るように何枚も折り重なって構成されていた。しかも、花弁の一枚一枚が向こう側が透けて見えそうなほどに薄い。
正直、僕はその花に見とれていたんだと思う。それは決してその花の見た目の美しさにだけじゃない(けれどど、よほど感受性の鈍い人間じゃない限りこの花には見とれてしまうと思う)。人間の勝手な都合で枯れるのを待つだけの状況だったその理不尽をはね返したその生命の力強さのようなものに僕は感嘆を感じながら見とれていたんだと思う。
それからの僕は月並みだけれど、価値観が変わったような気がした。理不尽という単語にこれほど悩んでいたのがバカバカしくなったんだ。そんなことを考えていても結局は何の意味も無かったっていうことにね。
まあそれからはそこそこ充実した日々じゃなかったんじゃないかと思う。価値観が変わってもこの微妙にねじ曲がった性格から友達たくさんなんてことにはならなかったけれど、それでも一緒にいて楽しいと思える友人が何人かできた……類は友を呼ぶというのか、少々捻くれた僕のまわりに集まったのはカラオケでのアニソンのレパートリーが二百を超えると豪語していた超のつくアニメオタクや和装萌えに命をかけた天才イラストレーターなどの変人ばっかりだったけれども。そしてそんな友人たちに勧められてその手の趣味へと道を踏み入れてしまったのはいい思い出だ、今や僕はレパートリーこそ五十前後だけれど僕のお気に入りばかりのそれらはもはや完コピと言えるほどまで歌えるようになったし、ネットに投稿した僕の和装イラストは友人の天才イラストレーターと比べられる程度には人気が出てきた。
もはや完全にオタクと化してしまった僕だけれど、好きなことに没頭したりするのは何に対してもやる気を感じられなかったあの頃よりもずっと楽しかった。
そんなわけで健全(?)に日々を過ごしていたけれど決して勉強を疎かにしていたりはしなかった。
それは僕にとある目標が出来たからだった。
僕を変えるきっかけをくれたあの花だけれど、ある日ふと思いついて図鑑でその花について調べてみた。結構最近発行されたものでここ数年で発見された新種の花とかも載っていた。あの時は本来の目的も忘れて見入っちゃってたなぁ。
しばらく読み進めてから本来の目的を思い出してあの花を探し出してみたんだけれど、いくら探してもあの花と同じものは見つけられなかった。あんな変わった花だ、何か似たものと間違えるはずもない筈なのに。
それから僕はあの花について知りたいと思うようになった。自分を変えてくれたものに興味を持つなんて直線的だと思うかもしれないけれどそれでもこの想いは本物だった。それと、あの図鑑でみた他の数々の花が気に入ったっていうのもある。
それから僕の志望する進路は植物について研究ができそうな生物系の大学への進学と決まった。……そのことを友人に話したら花を題材にしたアニソンの数々、日本的な花(代表的なもので桜や牡丹とか)のイラストについて、とても長々と、それはもうこれでもかというくらいに語られた。しかし、好きな事柄についてだと力を入れるのが人間、僕も悪乗りして徹夜することが何回もあったのは自分でも重症だと思ったね。けれど、その甲斐あって(?)前述した花に関する事柄なら歌もイラストも友人を越えた、友人たちに「参った」と言われたときはどうしようもなく喜んだのを覚えている。
さて、しばらく時が過ぎて、僕は見事志望していた大学に合格することができた。
そこで色んな花(まあ花と一言で言っても色々あるけれどね、生物学とか遺伝子学とか)について勉強しながらあの花についても調べたりしていた、まあそっちの方は成果無しだったけれども。
そんな大学生活の夏休み、大学生の長くて自由なその休みに僕は海外にある世界的に見ても大規模な植物園に行くことにした。今から楽しみだ。
◆
生まれて始めて飛行機に乗ってみたけれど電車に乗っているのとあんまり変わらなかった。けれど、四時間も座りっぱなしはマジで辛かった……。
四時間ぶりに地面に足をつけてほっと一息、もう乗りたくない、帰りも乗らないといけないことを考えると憂鬱だ。
地図を片手に見知らぬ街を東奔西走、道を間違え地図の見方を間違え道行く人に尋ねるもイマイチよく理解出来ない僕の語学力に溜息をついて約一時間、楽しみにしていた前日までの気分が嘘みたいだ。正直もう一度来たいかと言われたらノーと答えるかもしれない。
◆
「うわぁ…………」
前言撤回、もし今もう一度来たいかと言われたらノータイムでイエスと答えるに違いない。
適度な日の光が入るようにガラスの天井で調整された温室の中には世界のあらゆる植物が言われても信じてしまいそうなくらい豊富な種類の植物で満たされていた。
図鑑だけでは感じることのできない生命というものをそこら中から感じる。ここにいるだけで気分が落ち着いて気力が満ちていくような気がする。
この感動を友人たちにもおすそ分けしようとカバンからカメラを取り出そうとした時、温室の扉がこの平和な空間に似つかわしくない大きな音を立てて開かれた。
「いったい――」
なんだと続ける前に音質に響いたのは、
ドドドドドドッ!
耳をつんざくような轟音と続く客の悲鳴だった。
「◆△〇%◆! ◆△#$〇%◆¥!」
音の発生源に目を向けてみれば男の五人組が扉を塞ぐように立っていた――手にサブマシンガンを携えて。
僕の拙い語学力だと最初に「騒ぐな!」って言ったことしか理解できなかったけれど、大体騒げば命の保証はしないとかそんなところだろう。
大事なのは現状で僕を含めた温室内の客の命全てが危険に晒されているというこの現状だろう。
そのことを理解したのだろうけれど、やはりそこで素直に黙ることができない人もいた。命の危機という本能的な恐怖から悲鳴をあげたままのその人達に男の一人が銃口を――
「待っ――!」
瞬間聞こえる轟音。
客は無事だった。どうやら警告だったらしい。
「◆△#$〇%◆¥!」
男がまた何かを言うと目に涙をためながらも悲鳴を上げていた人達は押し黙った。
とりあえず人が死ななくてよかった、ここにいる客の全員がそう思っているかもしれない。
……けれど、男が放った銃弾は温室の植物をむちゃくちゃにしていた。枯れる枯れないじゃない、もう完全にしんでいた。
僕だって人間だ、人が死ななくてよかったと思う。けれど、突然乱入してきた男達に単なる警告の為だけに打ち抜かれた植物の数々がどうでもいいとも思えなかった。
……なんて……理不尽なんだ……。
ここしばらくは考えることのなかったその単語が頭の中でこだまする。
しかし状況はその思考に浸ることを許してくれなかった。
客の中には幼い子供もいる、そんな子供がこんな状況で静かにしていることも出来る訳もなかった。
「う……うわ~~~~ん!」
温室中に響くその泣き声、男たちが放置するわけがなかった。
泣き喚いたままの子供にゆっくりと歩み寄って銃を突きつける。
こいつらは何様のつもりだ? その子が何をした? 子供がこの状況で泣かずにいられるわけがないじゃないか。
あんな小さな子になんでそんな理不尽を与えるんだ?
「やめろ~~~~~!」
気がついたら子供と男の間に体を挟み入れていた。
聞こえる轟音、そして同時に体の中が焼けるような感覚を覚えた。それでも次の瞬間には一瞬で頭の隅においやられた。
「え…………?」
目の前に映るのは僕のかばった子供、そしてその体は子供の体から出てくる血で真っ赤に染まっていた。
つまりは、弾丸は僕を貫通してこの子にも命中したっていうことだ。
「う……あ……」
本来なら大声を上げて絶叫していたであろう僕の声はかすれて殆ど出せなかった。そしてすぐに意識が朦朧としてきた。首を動かすのも億劫な状態で自分の体を見てみると目の前の子供以上に激しい出血で服どころか床まで真っ赤に染めていた。多分もう助からないと思う。
突然乱入してきた男たちに何もかも蹂躙されて、体を張ってまで助けようとした小さな命は結局助けられなかった。
……やっぱり世の中は理不尽だ。
その思考に頭が満たされる。
けれど、僕は初めてこの時に理不尽を憎く思った。理不尽で命が踏みにじられたことが許せなかった。
けれど、それも少しの間のことだった。だんだんと考えることもできなくなってきた。まぶたがだんだんと下がってきた。眠るのとあんまり変わらない、新発見だ。
もうちょっと生きていたかったかな。友人たちにもらった趣味ももっと楽しみたかったし、他にもやりたいことはいっぱいあったのに。
ああ、それと、あの花についても結局なにもわからなかったな、僕の生きがいみたいなものになってたのに。
そんなことを考えていたからだろうか、まぶたが殆ど閉じられた僕の目にうっすらと、あの花が映ったような気がした。
青白くて、透けるような薄さの花弁が、光を放っているような……そんな幻想的な光景を映して、僕の視界はまっくらになった。