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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅰ.闇の炎
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13.パシパ脱出③

 一つ目の壁の内側は、普段なら立派な礼拝所や重厚な僧院、そして僧侶や貴人の宿泊施設である風雅な建物が点在する落ち着いた場所だ。それが教祖の生誕祭で人々の熱であふれたかと思うと、今度は一瞬にして混乱のるつぼへと変わった。

 数回にわたる爆発音と逃げ惑う見物客たち、そして彼らを蹴散らす兵たちの怒声。兵たちは血相を変えて南門を目指して馬を駆るビャクグン、シャギル、アイサを乗せたルリ、そしてシンとスオウを追う。

 駆け抜ける一行の馬の蹄と、それを取り押さえようと追うパシパの兵から逃れるため、祭りの見物客たちも必死だ。

「娘を捕まえろ。構わん、弓矢を使え」

「馬を狙うんだ」

 逃げ惑う人々に構わず、アイサを連れた一行の後ろから弓矢が次々と飛んで来た。

「スオウ、どうする?」

 シンは自分のすぐ後ろを走るスオウに叫んだ。

 と、その時、立て続けに爆音がした。

 追っ手が混乱し、弓矢の攻撃が止む。

「クルドゥリの仲間だ」

 スオウは追っ手の数がぐっと減ったのを見て言った。

「でも、長くは持たない。次々と新手(あらて)がやって来る」

 シンが声を張り上げた。

「いや、南門の先にはルーフスがある」

 スオウの言う通り、南門の先にはパシパの門前町ルーフスが広がっている。雑踏に潜み、相手を攪乱(かくらん)するのが得意なクルドゥリの人たちにとって、それは格好の場所だ。

 アイサを連れた一行は礼拝堂やいくつかの立派な僧院、そして、宿舎の脇を通り抜け、すでに南門に迫っている。

 しかし、後ろからは相変わらずパシパの兵が、そして騒ぎを聞きつけて集まったオスキュラの兵が追いすがる。

 そして、その南門は、逃げる一行の行く手を阻んでいるのだ。先回りしたティノス直属の兵が門の守りを固めた。

 その数も増すばかりだ。

(このままでは……)

 何とか振り切る手立てはないものかとシンがあたりを見回す。

「シン、馬から振り落とされるなよ」

 スオウが叫んだ。

「え?」

 シンがスオウを振り返り……この時、今までの比ではない轟音が鳴り響いた。

 行く手に土煙が上がっている。

「ナッドが間に合ったな」

 驚く馬を何とか宥めようと必死で手綱をとるシンに、スオウが言った。


 粉々に崩れ落ちた南門を越えたビャクグンとシャギル、それに続くルリ、そしてスオウとシンの行く先に、パシパの住民らしき一団が現れた。だが、彼らは一行に追いすがる兵たちに弓を引き、剣を抜く。その中の一人が一行を追って来た。

(あれは、初めてルーフスを歩いたときにビャクが話していた男だ)

 以前パシパの門前町でビャクグンと話していたジプシー風の男……シンはその男に見覚えがあった。

(確か、タルーと言っていた)

 男の腰にあるのは少し短めの剣、そして馬には荷が積まれている。

(あの荷は恐らく爆薬だ)

 シンは思わず目を凝らした。

「まったく、たいしたもんだ」

 邪魔者を易々と退けて進むビャクグンに一瞬目を奪われたタルーだったが、すぐにスオウに馬を寄せ、叫んだ。

「スオウ、ゲヘナは?」

「ああ、うまくいったようだ」

「よかった、やったな、スオウ」

 タルーが詰めていた息を吐く。が、ルリの馬で揺られる意識のないアイサにタルーは気がついた。

「これは……どうなさったのだ?」

「心配するな。気を失っているだけだ」

 スオウの声は揺るがない。

「俺たちはこのままポン川へ向かう。船は用意してあるな?」

 タルーの顔が明るい微笑みとともに輝いた。

「もちろん、手はず通りだ。俺たちの念願を果たしてくれたあの人を必ず助けてくれよ、スオウ」

 タルーはそう言うと、シンを振り返った。

「ご無事を祈っています」

「ありがとう」

 答えたシンに素早く一礼し、タルーはルーフスの路地へ消えた。


 壁の外に広がるルーフスを、今度はビャクグンとスオウが先頭に立ち、道を確保する。仲間の援助があるとはいえ、行く手を阻み、彼らを足止めしようとするパシパやオスキュラの兵を退け、鮮やかに道を開いていく二人の手腕は見事としか言いようがない。

 スオウと交代して最後尾に回ったシャギルが、クルドゥリの仲間とタイミングを見計らって薬を撒く。

 いつかクニの港町で使ったものだ。

 追っ手の馬の様子が変わる。乗っている兵も落馬したり、馬を操れなくなったりして、まともに逃亡者を追うことができない。アイサを連れた一行が通った後にはルーフスに潜むクルドゥリの人の手で障害物が置かれたり、網が張られ、追う者を足止めする。

「俺ってつくづく穏健派だ。相手を吹き飛ばすなんて、乱暴なまねはしないもんな」

 シャギルは追っ手がめっきり減ったのを確認して機嫌良く言った。

 しかし、その表情が一瞬にして変わる。

「ビャク、気をつけろ」

 咄嗟(とっさ)にシャギルは叫んでいた。

 シャギルの叫び声が響いた時には、先頭のビャクグンもその馬を止めていた。

「スオウ、上」

 ビャクグンの声に続いて、何層にも連なるルーフスの屋根から矢が降って来た。

 矢を放った者たちは、パシの兵とも、オスキュラの兵とも違う身軽な装束を身につけている。全体として小柄で粒がそろっているその集団の中で、薄く笑みを浮かべている一人の大柄な男がいた。

 その男の指示で矢が正確に一行を狙ってくる。だが、一行もまた、それを正確にかわす。

「ほう」

 男はその鮮やかな手際に感心しながら、ふと、その目を細めた。

「なるほど、娘はクイヴルの出だった。ということは、お前はクイヴルの、確かシン、と言ったか?」

 シンは屋根の上から自分を見下ろす男を見上げた。

「面白いことになったものだ。さて、このお尋ね者を助けているのはいったいどんな方々かな?」

 男は続けた。

「感じの悪い奴だ。黙らせてやる」

 シャギルが男を見上げた。

「こっちの手柄も頂こうか」

 男はお構いなくにやりと笑うと、大声を上げた。

「クイヴルの娘と一緒に、お尋ね者のファニの次男もいるぞ。まず奴を馬から射落とせ」

 その声に応えて、一斉にシンに矢が集中する。

 シンはとっさに路地にあった露店の陰に身を寄せたが、男自らが放った矢が肩をかすめた。

「シン」

 スオウが叫んだ。

「この野郎」

 男との距離を詰めようとしたシャギルが慌ててシンを振り返る。

「大丈夫、かすっただけだから」

 シンはしっかりと手綱を握って答えた。

「やってくれたな」

 シャギルの雰囲気が変わる。

「シャギル、今は逃げ切ることが先よ」

 すかさずルリが叫んだ。

「おっと、そうだった」

 シャギルは気持ちを抑え、男を睨んだ。

 駆けつけて来たストーたちが、シンを狙う集団に矢を射る。

「行くわよ」

 ビャクグンが隙をついて逃げ道を作り、一瞬にして一行が走り出した。

「ちいっ、仕留め損ねたか。しかし、傷でもつけられればよいか」

 男は後を追わずに、一行とそれを追うパシパの兵たちを見送った。


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