1.ベルル⑥
荷物をまとめたアイサは学長に挨拶すると、ガルバヌムたちと学園都市ベルルのポートに向かった。ポートに着くと間もなくレアとミクリがポートまで見送りに来てくれた。担当教官の心遣いだという。
「しばらく帰ってこられないなんて……神殿の都合と聞いたけれど……大巫女様もご一緒なのね」
ミクリはポートの待合で休む大巫女たちに目をやった。
「アイサ、ここのところ、あなた、様子が変だったわ。元気もなかった……そのことと何か関係があるの?」
レアが心配そうにアイサを覗き込む。
「用事が済んだら、また、戻ってくるのでしょう?」
ミクリも聞いた。
「アイサ様」
乗車の手配を済ませた巫女の一人がアイサを呼びに来た。
「レア、ミクリ……今までありがとう、また……」
言葉を濁したまま、アイサは大巫女たちと搭乗口へ向かった。振り返ると、レアとミクリが手を振っている。
アイサも手を振りかえす。
「別れはさびしいものだな」
ガルバヌムが呟く。
せっかくできた初めての友だち……アイサは僅かに俯いた。
学園都市のポートにある搭乗口から、カプセルが幾つも連なったような列車に乗り込む。
ガルバヌムとアイサが一つのコンパートメントに入り、心地よいソファーに腰を下ろすと、じきに列車はウミヘビのようになめらかに夜空のような海中へと滑り出した。
「さて、わしは一眠りさせてもらおうか」
ガルバヌムはそう言って目を閉じた。
話し相手がいなくなってぼんやりと外を見ていたアイサの心に、これから顔を合わせる父のことが浮かぶ。
(お母様が死んでから、父上は姉様や自分と会う時間を増やしてくれた。もともと気ままな人だから城を空けることも多かったが、ふらりとどこかに出かけてしまうことはもうない……姉様は若い頃の父上にそっくりだそうだ。一所にじっとしていられず、新しい場所や、面白いことを見つけては出かけていく。ラビス姉様ならば……私が地上に行くことに賛成してくれるだろうか?)
「アイサ」
「あ、はい」
「エアの城があるシェルのポートまでまだ少し時間がある。茶でも貰おうかのう」
ガルバヌムは今まで眠っていたとは思えない、すっきりとした表情だ。
アイサは部屋のベルを押し、茶を注文した。
「ありがとう」
茶を運んできたアテンダントに向かってガルバヌムが礼を言う。
「大巫女様、ファマシュ家のアイサ様、光栄ですわ」
顔いっぱいに微笑みを浮かべたベテランのアテンダントがコンパートメントを出ると、二人は黙ってカップを取った。
真っ白な磁器のカップに金色の茶。
甘みと渋みのバランスがいいケペラ産の高級茶だ。
ふと窓の外に目を向けたアイサが近づいて来る光に気がついた。
「あれは……姉様?」
「おや、後にはあのいとこ殿も乗っているようじゃ。どうやら出迎えに来てくれたらしいのう」
ガルバヌムも頷く。
アイサの姉ラビスミーナといとこのヴァンがまたがっている乗り物はシャチに似ていた。ラビスミーナはすごいスピードで列車のわきを通り過ぎ、すれ違いざま二人を確認すると、急旋回して車内を覗き込んだ。それから怖い顔で二人を睨みつけ、また一直線に戻って行く。
後ろでヴァンが手を振っている姿がちらっと見えた。
「お前が地上へ行くことを聞いたか……随分怒っておるようじゃな、姉上は」
「そのようですね。でも、私はもう決めましたから」
「そういうことじゃな」
ガルバヌムはゆっくりとカップのお茶を飲み干した。