11.旅の一座②
「あっ」
「雨だね」
シンとアイサは木々の間から空を見上げた。
先を歩いていたハビロが二人を振り返る。ハビロはもうすっかり子供らしいまるまるとした感じがなくなり、その動きは敏捷になっていた。
「雨といっても、同じじゃないのね」
アイサはうっとりと目をつぶった。
「これから夏を迎える、その前の雨だよ。とにかくどこかでこの雨をやり過ごさないと」
シンはあたりを見回した。
スオウが近くに洞窟を見つけ、シンとアイサ、スオウ、ルリ、シャギルはそこで荷物を降ろした。
「これは、ひどい降りになるわね」
ルリが洞窟の入り口で言った。
「せっかくだ、一息つこうぜ?」
洞窟の中でシャギルが火をおこすと、スオウが湯を沸かし、途中で摘んでおいた葉を入れた。
爽やかな香りが広がる。
ふと、スオウが外に目を向けた。
一瞬、シャギルとルリの視線が厳しくなる。
(誰か来る)
アイサの頭にひとりの人物が浮かんだ。
「ビャクだわ」
アイサは顔を輝かせ、それぞれが表情を緩めた。
「すっかり濡れてしまったわ」
しばらくぶりに一行にビャクグンが合流した。
「状況は?」
スオウが聞いた。
「パシパにいる仲間は私たちを迎える準備を終えたそうよ。街道を通るための便利な手形も手に入れたわ。この先の町から街道を行きましょう」
ビャクグンは濡れたマントを脱ぎながら言った。
「この先の町というと、コウマだな? クイヴルの西部の領ザクの町だ」
スオウがビャクグンに布を渡す。
「ザクの領主は早々にオスキュラに寝返り、クイヴルの王族殺しに手を貸したんだったな」
シャギルが呟いた。
「ザクの領主は今、南の領リュウを押さえるために駆り出されているわ」
ビャクグンは火のそばに座ると、渡された布で濡れた髪を乾かし始めた。
「未だにクイヴルの中央に反対して動いている領は南のリュウと、北のゲン、そしてガドのいるスマンスだ」
スオウが言った。
「クイヴルのどこの領も正面切ってオスキュラの後ろ盾を得たエモンに反対するのは難しくなっている。エモンに対抗して旧勢力の王統派をまとめようというガドも苦しくなっているわね」
ビャクグンも言った。
ビャクグンはゆっくりと髪をぬぐっている。それを見つめていたルリが注意深く聞いた。
「ビャク、まだ何かあるの?」
ビャクグンの手が止まった。
「ファニ領のセレン殿がパシパに向かっているわ。セレン殿にはオスキュラの警護がついている」
「姉上がパシパに? いったい、何のために?」
シンは怪訝な顔をした。
「ゲヘナの炎の前で、国を代表してパシ教に帰依することを誓うため、っていう話よ。オスキュラに忠誠を誓った権力者の身内は皆そうさせられている」
これを聞いたシンの表情が凍り付いた。
「そんなことしたら……姉上は病気になってしまう。何とかしなくては」
「だが、オスキュラの警護がついているってビャクが言ったのを聞いただろう? それに途中で何かあったら、間違いなくクイヴルが疑われる。第一、そのセレン殿はきっと覚悟しているぜ、クイヴルのためにパシパで死ぬことをな?」
シャギルが口を挟んだ。
「そんなことをする必要がどこにある? 兄上は何故そんなことを許すんだ」
「シン、わかっているでしょう? エモンはオスキュラに逆らえない」
「ルリ……」
口ごもるシンを見て、アイサが言った。
「ゲヘナの炎のところへ行く方法が見つかったわね。ビャク、セレンは今どの辺にいるのかしら?」
「コウマで待てばいいわ。街道沿いに大きな商人の屋敷があるの。セレン殿の一行はそこに泊まることになっているから」
ビャクグンが淀みなく答える。
アイサは頷き、シンに目をやった。
「シン、セレンについているのはリョユウかしら?」
しばらくファニの城で過ごしていたアイサは、セレンの身の回りの世話をしていた初老の侍女のことを思い出して聞いた。
「十中八九、そうだろうけど……」
「それなら、何とかなりそうだわ。リョユウは何よりもセレンのことを大事に思っている」
「アイサ、まさか、コウマで姉上と入れ替わる気かい?」
シンはアイサを見つめた。
「そうよ、願ってもないチャンスじゃないの?」
アイサはきっぱりと答えた。いつか、近いうちにアイサはパシパに行き、ゲヘナとゲヘナを守る神殿を破壊しなくてはならない。それはわかっていたつもりだったが、急に手立てが見えるとシンは動揺した。
「その様子では万事準備が整っているというところだな、ビャク?」
スオウが聞いた。
ビャクグンは静かにたき火の炎を見つめている。
もう、すっかり髪は乾いていた。
炎の揺らぎに心を委ね、その心もどこか遠くに漂っているかのようだ。
「さあ、後はセレン殿がどう出てくれるか、かしら」
ゆらりと現実に戻ったビャクグンは、どこか上の空で答えた。
「まあ、なるようになるさ。先のことは考えたってわからない。何をどうしたいか、俺にとってはそっちの方が大事だ」
いつもの調子でシャギルが言った。




