10.奇妙な海賊⑨
小舟に乗り込んだシャギルとナッドは、先回りしてクニの港で骨付き肉にかぶりついていた。
暗い海原の向こうから小さな灯りをつけた漁船がやって来る。それが海賊仲間の偵察船であることを確認して、二人は舟を降り、港の物陰に身を潜めた。
「いつもあのくらいの人数で行動するのか?」
シャギルがきれいに肉を食べた後の骨を海に放った。
「いや、今日は少ないな」
ナッドが答える。
デュルンの下で働いているという偵察係の老人が船を降り、後の者は船内で待つようだ。
「一人で何をしに行くつもりだろう?」
ナッドは老人の後姿を見つめた。
「本人に聞くしかないだろう」
シャギルはさっさと老人の後を追った。
真夜中を過ぎた港町ではほとんどの店が閉まり、町は闇に沈んでいた。老人は町の中央の通りを足早に行く。やがて、ぽつんと一軒、薄暗い明りの灯る酒場に入った。あたりの様子を窺って、シャギルとナッドも客を装って店に入る。
老人は店の奥にあるカウンターに座っていた。老人は店の主らしい男と親しく言葉を交わしていて、後から入って来た客に注意を向けることはなかった。
「もう少し深くフードをかぶってくれ。俺は酒をもらってくるよ」
店の一角に場所を取ったナッドに、シャギルは軽く片目をつぶった。店の客がちらちらと二人を気にしている。
店の男から二人分の酒をもらうと、シャギルは店の中を見渡した。
「どうやら関係者ばかりのようだな。却ってやりやすい」
シャギルはナッドに酒を渡しながら、カウンターに目をやってにやりと笑った。
奥から立派な身なりをした若い男が出て来て、老人がその若い男に頭を下げた。それから二人は何やら話し込んでいる。
「見たことのない男だ。おい、シャギル?」
シャギルは自分の酒を持ったまま、老人に近づいた。
「ここで何のお話かな?」
陽気に割って入ったシャギルに、老人と若い男は迷惑そうに顔を上げた。店主がすぐに口をはさむ。
「ちょっと、お客さん。迷惑ごとを起こすようなら、今すぐここを出て行ってもらうよ」
「いや、こっちにそんな気はないよ。ただ、聞きたかっただけだ。海賊の島から偵察に来たじいさんが、こんなところで何をやっているのかと」
老人はぎょっとした。
「誰だ?」
「昼間、そっちに襲われた交易船の客だよ。頭に用があって島に寄った」
「なるほど」
老人の顔にぞっとするような笑みが浮かび、その瞳が狂信的な輝きを放った。
「では、お前か、頭に渡すものがあると言って島に来たのは? ちょうどいい。その話を詳しくしてもらおうか」
「何でお前に言う必要があるんだ?」
シャギルは暢気に聞いた。
老人が話していた若い男が答える。
「お前らはただの貿易商ではないな? 神の雷を何とかしようなんて、まともじゃあないんだよ。その上、交易船にはファニのラダティスの養い子と、それを助けた娘がいるそうじゃないか?」
「詳しいな。他言無用の話も知っているようだし」
「ふん、ススルニュアの傭兵崩れが集まっていると聞いてこれまでお前たちの動きを見張って来たが……どうやらその時が来たようだ。神の雷を滅ぼそうなどという身の程知らずな輩は始末せねばならんな」
若い男は意味ありげにシャギルを見て笑い、目を上げて店の客に合図した。カウンターで話をするシャギルを黙って窺っていたナッドが、店の客の一人がナイフを取り出したのに気が付いて叫んだ。
「シャギル、危ない」
ナッドがシャギルの脇に飛び出す。店の客たちが素早い動きでシャギルとナッドを取り囲んだ。
「おや、これはこれは、ナッド頭目じゃないか。直々に私を追ってくるとは、まさに潮時だ」
老人が二人をなめるように見て言う。
「すぐには殺すなよ、まだ聞きたいことがある」
老人と話していた若い男が命じた。
「どっちにしろ、殺す気満々だな」
今まで暢気そうにしていたシャギルの声色が変わり、その右腕が動いたと見えた。
シャギルの近くにいた二人の男が倒れる。
慌ててシャギルに斬りかかった者も、逆に心臓を突かれて絶命した。
若い男と老人をかばった男がシャギルに向けて放ったナイフは躱され、シャギルの動きについていけなかった男が、次の瞬間、その場にうずくまる。
だが、そこへ店の異変に気づいて、奥からさらに鋭利な雰囲気の男たちが現れた。
(教団の戦闘員か)
シャギルは素早くあたりに目をやった。
床に転がされた仲間を見て事情を察した新手の男たちは油断なく騒ぎを起こした侵入者を窺う。だが、相手が二人だけとわかると、彼らの目には一様に残酷な光が宿った。
「お前がいくら腕に自信があっても、これだけの人数を相手にしたのではどうにもできまい?」
店の主が言った。
「やれやれ、俺も甘く見られたもんだ。そっちに聞きたいことがあっても、こっちにはもうないね。だから、これで終わりだ」
シャギルの顔から表情が消える。
シャギルは男たちの後ろに逃げ込もうとしていた老人に剣を振り下ろした。老人が大きく目を見開く。その顔が驚きと恐怖に歪む。首に一閃、それから背後から心臓を一突きにされて、老人の体はバッサリと床に倒れた。
慌てて後ろに引いた店の主をナッドが切る。咄嗟に男たちが若い男を店の奥へと逃がした。ナッドが男たちを引き受け、シャギルが若い男を追う。そのシャギルに新手の男たちが襲いかかった。
シャギルの剣が縦横無尽に舞う。
ナッドの方も慣れたものだ。落ち着いて向かってくる男たちをさばいてる。だが、数で勝る男たちが出口を押さえた。
「シャギル、閉じ込められるぞ」
ナッドが叫んだ。
「我々パシ教徒は死を恐れない。そして至る所にいる。お前らのように、こそこそ這い回っている奴らとはわけが違うのだ。最初からお前らに勝ち目はない」
男たちに取り囲まれたシャギルとナッドを見て取り押さえるのも時間の問題と思った若い男が、店の奥から勝ち誇ったように言った。しかし、シャギルには焦りも、恐怖も、まったく見られない。
「やってみないとわからないよ」
シャギルはにやりと笑い、ナッドの耳元で言った。
「ナッド、俺が出口を確保したら、お前はすぐに外に出て高いところに登れ」
「高いところだと? どういう事だ?」
相手の動きに集中するシャギルに、ナッドは思わず聞いた。
「考えがある。いいから言う通りにしろ」
飛びかかって来た男の剣を自分の剣ではじき飛ばしながら、シャギルが怒鳴った。そのままシャギルは一瞬で囲みを破り、出口を抑えていた三人をあっという間に倒した。
「よし、行け」
「シャギル」
「いいから、早く」
シャギルに急かされ、ナッドが外に出る。それを見届けてシャギルは懐から小瓶を取り出し、テーブルに投げつけた。
瓶が割れ、白い煙が上がる。
「何?」
「子供だましだ」
叫ぶ男たちに構わず、シャギルは剣を振るい続け、慌てて店の奥へ逃げ込もうとする若い男に迫る。
「助けてくれ」
だが、これを見ていた男たちには、どうすることもできなかった。彼ら自身が次々と膝を折り、倒れていったのだ。
若い男の足がもつれる。
シャギルはその胸を一突きした。
「誰か……」
若い男はうずくまり、ぴくりともしなくなる。
「さて、と」
シャギルは追いすがろうとする男たちを軽くいなして、店を飛び出した。
(俺としたことが、あいつの言う通りに動いてしまったが……)
ナッドはじりじりしながら数軒先の店の屋根に上って派手な音のする店の入り口を窺った。
「来たか」
ナッドの目に、店から飛び出して来るシャギルが映った。
「おや?」
シャギルを追う者の数が思ったよりずっと少ない。しかも、追っ手の足元がふらついている。
そんな追っ手をシャギルは軽々と引き離し、あたりを見回した。
「ここだ」
ナッドは素早く屋根から降りた。
「奴らはどうしたんだ?」
「片付いたさ。それよりナッド、身体は自由に動かせるか?」
ナッドの様子を見ながらシャギルは聞いた。
「ああ、この通りなんともないが。それより、どうして奴らは追って来ない?」
「ちょっと薬を使ったのさ。身体が麻痺して、動かなくなって、そのうち気が遠くなる。しばらくあのままだ。そして……こっちの秘密を知る者はもういないよ」
シャギルの瞳が冷たく光る。
「だが、どうしてあんたは平気なんだ?」
「俺はあの薬の使い方に慣れているし、耐性もある。クルドゥリでしか手に入らないものだ。あの薬はこういうときに便利なんだ」
「確かに、おかげで助かったが」
何とも言えない表情のナッドを促して、シャギルは更に離れた路地に潜んで店の様子を窺った。
「どうやら、あれまでのようだ。もう、いいな」
これ以上の動きはないと判断すると、シャギルは通りに出て、何事もなかったかのように港へ向かった。
ナッドが黙ってシャギルに並ぶ。
明かりのない通りの先に、小さな港の灯りが見えてきた。大小の船べりに当たる波音が聞こえる。
「慣れているのは薬だけではないな……恐ろしい奴だ」
ゴッサマー号に近づくシャギルにナッドは本音を漏らした。
「そうでもないさ。何食わぬ顔で潜んでいる奴の方が余程怖いぞ?」
「デュルンのことか。わかっている。戻ったら、すぐに手を打つ」
「そうしてくれ」
「しかし、パシ教に一矢報いたいと思っていた俺たちの中に、いつの間にかそのパシ教からの蛇が紛れ込んでいたとは……ぞっとするな。シャギル、俺たちは命拾いしたよ。礼はいつか、必ずしよう」
「こっちの都合でしたことだ。気にするな」
シャギルは気軽に言った。
「シャギル、これで……こちらの情報を漏らす奴はもういないのだろうか?」
ナッドの声に不安が滲む。
「集団の中にはいろんな奴が紛れ込むものだ。それを前提にして行動すれば問題はないだろう。当面は、俺たちのことをしゃべる奴らがいなくなった。今はそれでいいことにしよう」
明るくシャギルが答える。ナッドは港の明かりがぼんやりと見せるシャギルの顔を見つめて微笑んだ。
「世話になったな、シャギル」
「いや、あんたが来てくれて手間が省けたよ。運命の神様がお力添え下さるなら、また会うこともあるだろう」
いたずらっぽく笑ったシャギルが、軽く身をひるがえして港に停泊するゴッサマー号の梯子を登って行く。
(面白い奴だ。クルドゥリ……か)
ナッドはゴッサマー号を見上げた。
夜明けの気配が近づいていた。




