9.春日④
「あの、オスキュラ王から送られた荷の中身なのですが……」
様子を見に行っていたラドゥスが戻った。
「何だ?」
「お礼の品々の他に、何というか、すばらしい婚礼の衣装があって」
ラドゥスはシンの顔を見た。
「婚礼の衣装だって?」
「あら、見せてちょうだい」
戸惑うシンをしり目に、ビャクグンが嬉しそうな声を上げた。シャギルが一同を見渡し、咳払いをした。
「おい、シン、ぐずぐずするなよ。俺たちは、お前たちの婚礼の式を見物してから国へ帰るつもりなんだ。キアラ、どうせお前もそうだろう?」
キアラは頷いた。
「シン様、アイサ様、クイヴルの民もそれを待ち望んでおります」
「そうですぞ」
ナイアスとストーも口をそろえたが、当の本人たちは非常に具合が悪そうだった。
「シン、アイサとセジュへ行くのか?」
スオウが静かに聞いた。
ビャクグンが二人を見つめる。
「な、なんですと?」
「まさか」
ストーとナイアスは息を飲んだ。
シンとアイサがお互いの目を見、シンは答えた。
「そうしようと思っている」
シャギルからいつもの陽気な笑顔が消え、ルリは組んだ自分の手を見つめた。
「本当ですか?」
キアラがそっと聞いた。
「本当だよ。僕のすることは終わった。もし、アイサの願いが果たされ、僕がクイヴルを立て直すことができたら……その時はアイサと一緒にセジュに行きたいとずっと思っていた」
「シンが私の伴侶としてセジュに戻るとなると、一波乱あるかも知れないわね」
アイサがいたずらっぽく笑った。
「それは覚悟の上だよ。それに、エア様のお許しはもらったと思ったけど?」
シンは気楽に答えた。
「そんな……これからなんです。これからクイヴルは新しい時代を迎えます。そこでシン様には長く君臨していただけるものと思っていたのに」
「ナイアス殿、神のような力を放つ剣を持っても、僕はただの人間でしかない。それなのに国民は僕と剣を切り離して考えることはできないだろう。何かにつけて僕にこの剣を振るうことを求めるのではないかな?」
「しかし、せっかく取り戻した国ですのに……それを……」
ストーが声を絞り出す。
「ストー先生、クイヴルは僕のものじゃありません。僕はこの剣とともに消える。ナイアス殿に新しいクイヴルの王になっていただきたいのです」
淡々と言うシンを見て、クルドゥリの四人は頷き合った。
「そういうことになるんじゃないかと思ったわ。それで、いつ行くの?」
ルリが顔を上げ、聞いた。
「みんなを送ってからと思っていたんだけど」
アイサが答えた。
「だめよ、私たちが送ってあげる」
きっぱりとルリは言った。
「ずっと一緒に戦ってきたんだからな」
シャギルが笑って頷く。
「イムダル殿の送ってくれた衣装を着てね」
ビャクグンも言った。
「そうしろ」
スオウが微笑む。
「素敵」
ルリが声を上げ、シャギルが明るく言った。
「これで決まりだな」
「断固お引き留めしたいところです。たとえ、力ずくでも」
ストーは呟いた。
「そうなると、俺たちが相手になるぜ?」
シャギルが答え、スオウがそっと言った。
「シンが決めたことだ。行かせてやるしかないのではないかな?」
「そう、何より、シン様がご自分のために決められたことだ」
キアラは二人を見つめた。
「私を勝手に王になさって、ご自分はここを去るおつもりでしたか?」
「ナイアス、許してちょうだい。私にはシンが必要なの」
アイサが真剣な顔をして言った。
「アイサ、あなたは本当にずるい人だな」
「野暮なことを言うのはやめましょうよ」
俯いたナイアスにビャクグンが言った。
「ナイアス殿、あなたは特別な力を持たないただの王として、人々の上に立たなくてはならない。でも、みんなそうなのよ」
ナイアスは大きく息を吐いた。
「わかりました。我々の取るべき道はもう決まってしまったようだ。婚礼の準備は私にお任せ下さい。クルドゥリの皆さんも、キアラ殿も、そう長くはこちらにお引き留めできますまい」
実際ビャクグンも、そしてこの先グランを背負って行くであろうキアラも、それぞれの国から帰国するようにと矢の催促だった。
「よかった。婚礼の方は手早く、しかも、心のこもったものを期待しているわ。それと、準備の合間に未来のクイヴル王と話し合うこともできるわね」
長く幻の国だったクルドゥリの次期長老がシンの後を継いで王となるナイアスの前にいた。
「それはありがたい」
ナイアスは言った。
皆の顔が明るくなる。
「さあ、いつまでもぐずぐずしているのは性に合わないわ。式を挙げるわよ」
ビャクグンは有無も言わさず宣言した。
シンとアイサも同意して婚礼は二日後、そして、出発はその日の夕刻ということになった。
王の帰還で湧いたサッハが、再び、王の急な婚礼の知らせに祝賀ムード一色となる。




