9.春日①
カムヤを失ったシオセ城は王の軍の前にあっけなく落ちた。
シンとアイサ、そしてキアラ、ナッド、リアンスは、シオセ城に数日滞在して領内を見て回り、その後サッハに発った。ナイアスはカムヤの後任を選ぶと、ガドを連れ、一足先にサッハに発っている。王都サッハで王の帰還の準備を整えなくてはならないからだ。
「ただ戻るだけだから。それに、ナイアス殿は、まだ傷が癒えていないのではないか?」
シンは言ったが、王都を預かっていたのは自分だからとナイアスは譲らなかった。
冷たい風が叩きつけてくるような日がめっきり減った。
小さな日だまりに和やかな春の気配がする。
「サッハまであと一駆けなのに、こうして行進していかなくちゃならないなんて」
サッハに入る前の最後の休憩を取りながら、アイサがため息をつく。
「まったくだね。でも、仕方ないんだよ。僕らがあちこちで道草をしたり、比べ馬さながら街道を駆けて行くわけにもいかないんだから」
シンは困った顔で答えた。
その後ろには長々とサッハの軍が続く。
「当然です。荒れ地を駆けるのとはわけが違います」
キアラがまことしやかに言うと、アイサは西の空を振り返った。
「今頃荒れ地でも春の芽吹きが始まっているかしら? 羊は生まれているかしら?」
「そうですね、そろそろ、そんな時期でしょう」
キアラはそっと微笑んだ。
「グランはどうなの?」
「もう少しかかります。まだまだ厚手の防寒具が手放せません」
どこか遠くを思うようなキアラの様子を見て、シンが言った。
「キアラはこれからどうするつもりだ?」
キアラはしばらく沈黙し、それから言った。
「国の方から、何通か手紙が来ているようです。イムダル王子が王となってオスキュラを治め、クイヴルが今までと違った国造りを始めたとなるとグランも変わっていかなくてはならない。クルドゥリやネルとの関係もあります。私も国に戻らなくてはならないでしょう」
「キアラ殿」
ナッドがキアラを見つめる。
シンはキアラに頷いた。
「今までのこと、どんなに礼を言っても足らない。何か報いる方法はないものかな?」
「何も。何かが欲しくてお仕えしたわけではありません。こう言ってはなんですが、私にはそこそこ富も地位もありますから」
「困ったな」
シンは言った。
「ビャクたちだわ」
アイサが声を上げた。
前方から四騎の馬が軽やかに駆けてくる。
兵たちから歓声が上がった。
ビャクグンがアイサに馬を寄せた。
「よかった、みんな無事で」
アイサは一緒に旅をしていた頃と同じ美しい女性姿のビャクグンに言った。
「アイサの方こそ」
ビャクグンは美しく微笑んだ。
「ビャクがセキオウをつけてくれたから。それに、ツルバミがキアラを連れてきてくれなかったら、パシパはもっと混乱していたわ」
アイサも微笑む。
「まったく気が気じゃなかったわ。シンがアイサと剣を交換したと知ってかなり安心したけれど……それでも、ね。ティノスは死んだのね」
ビャクグンは優しくアイサを見つめて言った。
「ええ、シンの剣の火に焼かれて」
ビャクグンは黙って頷いた。
「シン様、都よりお迎えが参りました」
兵の先触れに続き、サッハを預かるナイアスがシンの前に進み出た。
「無事なご帰還、お祝い申し上げます。また、このたびのご活躍、クイヴルの民として誇りに思います」
ナイアスが深く頭を下げる。
「ナイアス殿、あなたの活躍こそ、これからのクイヴルのために大きいものだった。あなたには大きな犠牲を強いることになってしまったが」
シンは言った。
「いいえ、これでよかったのです」
ナイアスには国を預かる者の重さが備わっていた。




