8.旧友㉒
砦に戻ったアイサは残された大木の枝に登って朝が来るのを待った。やがてあちこちから王の到着を知った住民からどよめきと歓声が上がる。アイサは砦に着いたシンとハビロ、その後ろに続くキアラとレッセムの部隊の前に出た。
「シン、早かったわね」
「誰かが思いがけないことをしてくれるから、一晩中駆けることになったよ」
シンは馬を降り、わざと憮然と言った。
「それ、私のことじゃないわよね? ここに残るって言ったのはナイアスよ。こっちはナイアスを無事救出したことをほめて欲しいところだわ。この剣だってさっき取り戻してきたんだから」
「アイサ、感謝してるけど……ナハシュがなくても戦える。無理することはなかったのに」
「誰にもナハシュを利用できないことぐらいわかっているし、ナハシュがなくても、シンならこの戦いに勝てるとわかっているわ。でも、いつまでもシンと離れたところにナハシュを置きたくなかったのよ」
「なぜ?」
「ナハシュはシン以外の誰のものでもないから。そのことから目を逸らさないで」
「うん……早く片付けてサッハに戻ろうか」
シンはそっとアイサに微笑んだ。
「シン様、直々においで下さったのですか?」
ガド、ツウェンらとともにナイアスが駆けつけた。
「アイサ、いったいどこに行っていたんです? いくらあなたでも……心配しましたよ」
シンはアイサに対して打ち解けた様子のナイアスに気がついた。それだけではない。ナイアスには、シンがサッハを出る前に見え隠れしていたわだかまりがなかった。
「ナイアス殿、お怪我をされたと聞いたが?」
シンはナイアスを見つめた。
「ええ、ですが、もう心配はないのです。しかし、王こそ、こんな少人数で……もしものことがあったらどうなさるおつもりです? 無茶が過ぎます」
ナイアスは眉を寄せた。
「無茶をすることになったのは誰のせいだ? だが、ナイアス殿、感謝する。私のいない間、よくクイヴルを治めてくれた」
「いいえ、それどころか、この有様です。この責任は必ず取らせていただきます」
そう言ったナイアスの姿はやつれ、身につけている服は集まった住民とさして変わり映えのしないものだった。しかし、朝日が照らすナイアスは、シンが見たこともないほど生き生きとして覇気に満ちていた。
「いや、ナイアス殿には苦しい思いをさせたが、思った以上の成果だった」
シンは砦に集まった領民を見た。
「彼らがその証だ。さて、ナッドが助けに来てくれるまで一働きしよう」
「シン様、その剣は?」
「ああ、アイサが取り戻してくれた」
「城に忍び込んだんですか? アイサ、まったくあなたって人は」
「まったくね」
目を丸くするナイアスを見てシンは溜息をつき、砦に目を移した。
「それにしても、この砦はいつの間に造ったんだ?」
シンの声が弾む。
「蔵書館の者が指導したのですよ。このツウェンがここの責任者でした」
頭を垂れていたツウェンが顔を上げた。
「土木担当のニヒトにやってもらいました。シン王、お越しいただいてどんなに力強いことか」
「シオセの民には辛い思いをさせることになってしまった。ところで少し砦を見てみたいのだが」
アイサが笑い出した。
「シン、ツウェンとニヒトに案内してもらうといいわ」
「頼めるだろうか?」
「はい、もちろんです。すぐにニヒトを呼びます」
「では、先に行っている」
シンは頷くと、アイサと一緒に砦に近づき、検分し始めた。そのシンの後を追ったキアラがナイアスを振り返った。
「ご無事で何よりでした、ナイアス殿」
「キアラ殿こそ。ルテールやパシパの方が落ち着き、ゆるりとお休みいただきたいところなのに、このような事態になってしまい、申し訳ない」
ナイアスは頭を下げた。
「なんの。事情をお知りになり、軍を離れてすぐにこちらに向かうことになさったシン様に無理矢理ついて来たのは私です。お守りしたい方の側を離れて軍を動かすなど、決して楽しいことではありませんから」
わびるナイアスにキアラはきっぱりと答えた。
一方で、ナッド率いる王の軍はオセに向かって街道を急いでいた。
「キアラ殿がパシパでめざましい働きをしてティノスの軍を翻弄したというのはわかる気がするな」
ナッドは側にいたリアンスに言った。
「そのように伺っていますね。ススルニュアの部隊を有効に使ってパシパの警備隊を攪乱し、アイサ様のために大いに時間を稼がれた。パシパ住民の被害も最小限に抑えている。大した采配だと」
焦るナッドを宥めるように、リアンスはことさら落ち着いて答えた。
「本気にならざるを得ないさ。こちらの働きいかんによっては、向こうで戦っている方たちの身が危ないとわかっていればな。さあ、奴らをこちらに引きつけてやる。急ぐぞ、リアンス」
「こんな時にはあなたに冷静になってもらうのが私の役目と心得ているのですが」
リアンスは苦笑しながら馬に拍車をかけた。




