8.旧友⑳
近くの農民たちが斧や鋸、鍬やシャベルを持ち込み、真剣な面持ちで作業を進める。一方で、建築に必要な物資や食料も徐々に集まっていった。こうしてニヒトが指揮してできあがった砦は、蔵書館のあった一帯を一巡する大がかりなものとなった。
「馬で乗り込まれるのをなるべく避けたかったので」
ナイアス、ガド、アイサを案内しながらニヒトは言い、広く円形に築かれた囲いを取り巻く堀を示した。
「これに井戸から引いた水を張ります」
「大したものだ」
ガドは目を丸くした。
「あの短い時間で、よくここまでできたな」
ナイアスも感心して言った。
「アイサ様の爆薬のおかげでずいぶん手間が省けました。それに、あの音を聞きつけて更に仲間が集まりました」
ニヒトは生き生きと笑った。
「カムヤの軍も攻め込むのに二の足を踏んでいる。この砦があるし、大きく動けば、たちどころにあの小型の砲で出鼻をくじかれるのですからな。しかし、あの小ささで並みの大砲よりはるかに威力があるとは」
「ああ、驚いたな」
ナイアスはガドに答え、表情を引き締めた。
「シン様の軍が迫っている。カムヤもそろそろ本格的に攻め込んでくるだろう」
「弾丸も底をついているし、ね」
アイサは暮れていく空を見上げた。
その晩、アイサは守りの薄い砦の西方をしばらく窺っていた。
(嫌な感じはしない。今夜、背後をつかれる心配はないな。恐らくカムヤの待つ貴族たちの合流はない。シンのことだ、きっと手を打ったはずだ。ふふ、ナハシュが呼ぶ)
アイサはシオセ城の方向に目をやった。
「ナイアス」
カムヤ軍を睨み、砦の正面に詰めていたナイアスは、すぐそばに現れたアイサに気づいてぎょっとした。
「どうしたのです?」
松明の明かりが照らし出すアイサの姿は、この場が急ごしらえの砦であり、明日にでも残虐な殺し合いの場になるのだということを忘れさせる。
ナイアスはほっと息を吐いた。
「傍らにあなたがいるというのは……これから戦う身には、よいことなのか、悪いことなのか、わかりませんね」
ナイアスは笑みを浮かべた。
アイサがナイアスの言葉に首をかしげる。
「何か、不満でも?」
「いいえ、それどころか心が明るくなります。この場にそぐわないほどに。こんな時でも、心から生きていることが嬉しく思える。シン様のお気持ちもわかるな」
「そう? ガドには、シンにいつ愛想を尽かされてもおかしくないと言われたけど?」
アイサは肩をすくめた。
「ガドの言いたいことはわかりますが、それだけではあり得ません。いとこの私が保証します。あなたはとても魅力的だ」
ナイアスは真面目な顔をして言った。
「そんなこと言ってくれるなんて、さすが根っからの王宮育ちね。シンとは大違いだわ。ところでナイアス、私、ちょっと出かけてくる」
「えっ? どちらに?」
すでにアイサは駆け出していた。慌てたナイアスが目で追えたのはほんの一瞬で、その姿は瞬く間に闇に消えた。




