8.旧友⑦
カムヤからの誘いを受け、それにこたえる書状が次々とシオセの城に集まる。その報告を聞きながら、城に集まった者たちは晩さんの席についていた。部下の報告にじっと耳を傾けていた反乱の首謀者カムヤは、一通りの報告を聞き終えると、顔を上げた。その言葉を待つように、晩さんの席にいた者たちが静まる。
「クロマに入って補給をすませた王は飛ぶように王都に向かった、か……今頃は、サッハに着いているかも知れんな」
カムヤは言った。
「それで、王の剣は?」
「ガドは首尾よく王の剣を手に入れたようだ」
カムヤは答え、報告した男は力強く頷いた。
どっと歓声が上がる。
「しかし、ガドは遅いな?」
「それは、カムヤ様、王から追っ手がかかっており、ここへたどり着くのに苦労しているのでしょう」
カムヤの傍らにいた貴族が答えた。
「こちらから迎えをやったらどうだ? みすみす王の剣を奪い返されでもしたら、元も子もない」
別の貴族が言う。
「しかし、スマンス領主ガドは、すっかりその足取りを消しています」
報告した男が答えた。
「さすがだな」
呟くカムヤに、貴族たちから少し離れた所に控えてこのやり取りを注意深く見つめていた男、シオセの有力者として領民に恐れられていたタムがカムヤに近づいて言った。
「ガドは、何としても、この城にやって来るでしょう。ナイアス様のお命がかかっているとなれば」
「にしても、タム、お前の計略はうまくいったものだ。ナイアスのことは、じきに知れ渡る。その上、王のあの剣までが奪われたとなれば、王につく者たちは、さぞや動揺することだろう。さて、そうとわかれば……我が友の顔でも拝んで来よう」
カムヤはゆっくりと立ち上がった。
ナイアスはシオセ城の牢にいた。
寒々とした牢に放り込まれたナイアスの髪は乱れ、服は連れて来られたときのままだ。
光の入らぬ暗い牢の中、牢番の持つ明かりに照らし出されたその様子は野生の動物のようだった。
そんなナイアスにカムヤは声をかけた。
「ナイアス……惨めなものだな。かつてのお前の趣味の良さは、貴族の間でも評判だったものを。今のお前の姿を誰が想像できただろう」
壁により掛かって座っていたナイアスは、牢番の明かりが照らし出すかつての友カムヤを無言で見上げた。
「すまん、ナイアス」
カムヤは困ったように言った。
「だが……ナイアス、また、ともに戦うと、我々の上に立つと言ってくれ。そうすれば、お前に王座をやる。あんな小僧の言うことに従う必要などないのだ。我々はお前を盟主と仰ぎ、お前の世を支えよう」
「その話なら断ったはずだが?」
ナイアスは興味が失せたようにカムヤから目を逸らした。
「ナイアス、お前には行き場のなくなったかつての盟友の気持ちがわからないのか?」
カムヤは声を荒げた。
「では、聞くが……それなら何故、私の部下を惨殺した? 彼らも、かつてともに戦った仲間ではないか?」
「あの者たちは、最後まで考えを変えなかった」
「ならば、私にも同じようにするがいい。遠慮はいらぬ」
ナイアスは落ち着いた声で言い、カムヤは冷えた声でこれに答えた。
「シン王の道がこのまま順調に進むと思ったか? そうはいかんな」
ナイアスがカムヤに向けた目を、カムヤは見返した。
「シン王の剣が間もなくここに届く。お前の忠実な臣下ガドの働きでな。王があの剣を失ったとわかれば、王に従っていた者たちもさぞ動揺することだろう」
ナイアスの顔色が変わった。
「ガドが?」
「ガドを責めるな、お前の命を救いたい一心でしたことだ。そのガドが、お前の目の前であの出城の者たちのようにじわじわと殺されていくのを、お前は黙って見ていられるか? それができないなら決めることだな、ナイアス、我々の盟主になることを」
「飾り物の盟主が何の役に立つ?」
「私が王座についたのでは、私が欲に駆られたのだと言う者も出よう。だが、私は欲に目がくらんだわけではない。この国の秩序を回復し、行き場のなくなった仲間に生きる場所を与えたいだけだ」
「カムヤ……」
「ガドが戻って来るまでに考えておいて欲しい」
自分を見上げるナイアスに、カムヤは深々と一礼して去っていった。
ナイアスはひとり薄暗い牢の中に取り残された。
(私は、どうすればいい?)
ナイアスは両親を、家族を、ともに戦った多くの部下を失った。
その彼らの姿が繰り返しナイアスの脳裏に浮かぶ。
(カムヤ……ガド……どうしてわからない? 時代が動こうとしているのが、わからないのか? もう、後戻りはできないのだ)
浮かんでは消える懐かしい人々の思い出をナイアスがぼんやりと辿っていた時だった。
「ナイアス様、お加減はいかがですか?」
女の声がナイアスの耳に届いた。
「ヘスティア殿か?」
ナイアスはげっそりとやつれた顔をカムヤの妹ヘスティアに向けた。
ヘスティアは見る影もないナイアスの姿を見て目を潤ませた。
「何も召し上がらないとお聞きしました。お体にさわります。お召し上がりやすい物を持って参りました」
ヘスティアは軟らかく煮た料理を運んできた。
そこからは湯気が立ち、いい匂いがしている。
「お心遣いはありがたいが、私を哀れにお思いになるのであれば、ひとりにしておいてくれないか?」
「何故でございます? そのようにおやつれになって、お命まで危うくされて……」
シオセ城に運ばれたナイアスは、兵に抵抗し、傷を負っていた。
その傷の治療もろくにさせようとしないナイアスを、ヘスティアは途方に暮れたように見つめた。
「兄は、ナイアス様のために喜んで働きますわ。私もです。かつてのように、サッハの城で光り輝く方であって下さい。それが私たちに希望をもたらすのですわ」
「その光とは……いったい何であったのだろうな?」
「ナイアス様、ナイアス様は変わってしまわれた。何故、私たち貴族に冷たく当たられるのです。兄はおのれの野心に駆られて王に反旗を翻したわけではありません。将来に希望を失い、兄を頼ってやって来た仲間のために決断したのです。ナイアス様もご存じのはずです。私たちのように新しい世でも生きる道のある貴族は少ない。多くの貴族が生活の糧を失い、領民に侮られる者すら出る始末、その誇りは地に落ちております。王はそんな貴族に少しも振り向いて下さらない。王は、ご自分のご出自も存じ上げず、辺境のファニでお育ちになった。城下の民をその友となさっていたと聞いております。ならば、我々の気持ちがおわかりにならないのも仕方ないのかも知れません。しかし、ナイアス様、あなた様は違う」
「ヘスティア殿、あなたも王をそのように断じるか。あなたは王をご存じないのだから無理もないが……何故、目を開こうとなさらないのか? おのが誇りは、何を奪われても失われるものではないと、何故おわかりにならない?」
「王になっては下さらないのですか?」
「それは、あなたの兄上にもお断りした。帰ってください」
それきりナイアスは口を閉ざした。




