7.シオセの反乱⑤
シオセ領は王都サッハのあるビスイ領の南西に位置する。かつての領主はエグアル。勇猛果敢と言われたこの領主は、サッハを訪れていた際にシンの父であるウルス王とともにエモンの配下に襲われ、命を落としている。その時サッハにいたカムヤは命からがら母とともに落ち延び、その後、王党派としてエモンに対抗し続けた。エモンがシンに討たれ、シオセがナイアスの領となると、カムヤはナイアスの名代としてシオセを治めている。
シオセは内陸で山がちな領地だ。
その城も山間を切り開いて建設されている。石と木材がふんだんに使われた城は背後の山々に映えて美しい。広い庭園には十二神を祀る古い礼拝堂が立ち、斜面には馬場も備えている。
シオセには強い風が吹く。城の下手に広がる城下には土埃が舞い上がる日々も多い。
そのシオセの城の広間には、その城の事実上の主、カムヤを囲んで十数人が集まっていた。彼らは王都サッハ軍の動きを語る男の話に耳を澄ませている。
「ナイアス様は我々の蜂起をお知りになり、直ちに軍を率いてサッハを出られたが……あの出城を訪れて、予想通り、かなりの衝撃を受けられたようです」
得意そうな笑みを浮かべて、男は話を終えた。
「褒められたやり方ではなかったがな、タム」
カムヤは男を見やった。
タムと呼ばれたその男は、目立った特徴のない男だった。彼はサッハの力の及ばないところで土地を私物化し、その住民を支配してきた地元の有力者のひとりで、今のサッハのやり方には大いに危機感を抱いていた。というのも、王となったシンは貴族だけでなく、そのような有力者に対しても容赦なかったからだ。古いしきたりは廃止され、不当に私物化された土地は、新たに任命された領主の管理下に置かれ、彼らの贅沢な建物は、今は住民のための学舎や、親のいない子供たちの施設となっている。
「お言葉ですが、カムヤ様」
タムは顔色を変えた。
「あの出城の奴らは、かつて我らとともに戦っておきながら、シン王があの剣を持って現れると、たちまちその前に屈し、尻尾を振り始めたのですぞ?」
タムの顔には憎悪が浮かんでいる。
「あんな王に従うなど、我々への裏切りに等しい」
「ナイアス様も、ナイアス様だ」
周りの者がこれに呼応し、彼らの盟主であるカムヤを見た。
「王のやり方には奢りがある。我々はそのことを示さなくてはならない」
カムヤは抑揚のない声でそれに答えた。
この言葉に目を潤ませる者は、一人や二人ではなかった。
「その通りです」
「我々を何だと思っているのだ」
広間にいた者たちは、これまでの苦労と屈辱をかみしめるようにカムヤを見上げて訴え、あるいは顔を伏せて呟く。
「わかっている」
頷くカムヤに、一人が顔を上げた。
「王もパシパを出て、サッハに向かっているという。我々もぐずぐずしていられませんぞ?」
「タム、次の手を」
「はい。奴らの度肝を抜いてやりましょう」
タムはカムヤに頷くと、小走りに広間を出て行った。
カムヤという男……年はナイアスと同じだが、その堂々とした体躯と大きな瞳が特徴的だ。
黙っていれば近寄りがたいが、時に、その瞳は人なつこく輝く。
多くの裕福層がそうであるように、シオセの大貴族カムヤは幼少期からサッハで教育を受けていた。サッハでナイアスと知り合い、エモンとの戦いではナイアスを助けて王統派の苦しい戦いを戦い抜いている。
広間に置かれた椅子に腰を掛けるカムヤは、どこの王よりも王らしく見えた。
そのカムヤを囲む貴族の中には内戦の中で没落した貴族の子息も多い。
「ナイアスを説得するのは骨だろう。だが、今回は折れてもらうぞ。無念を抱えて死んでいった者は、出城の兵だけではない……」
カムヤの言葉に、皆の顔が紅潮する。
「そうだ」
「ナイアス様は何故あの若い王の言うなりになられているのか?」
「騙されているのだ」
「ただ一人残された御身内であるからか?」
「それもあるかもしれん。お優しいところがあるから」
「ならば、我らの気持ちをわかってくださってもいいはずだ」
「きっと、わかって下さる」
「目を覚ましていただくのだ」
「以前のようなクイヴルに」
「今度こそ、クイヴルを我らの手に取り戻すぞ」
広間に集まった者たちの士気がみるみる上がる。
「ナイアス……古き衣はそう簡単に脱ぎ捨てられるものではないのだ」
カムヤは小さく呟いた。




