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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅶ.銀のつむじ風
503/533

7.シオセの反乱④

「ご報告いたします」

 偵察に出ていた兵が戻った。

「出城一帯の様子はどうだった?」

 ガドがすかさず聞いた。

「間違いはありません。戦いがあったようです」

 兵は上がった息を整えながら報告した。

「そうか、それで生き残った者は? 敵は残っていたか?」

「それが……」

 報告した兵はナイアスの問いに口ごもった。

「はっきり申せ」

 ガドが大声で叱り飛ばす。

 兵はびくりとして背筋を伸ばした。

「はっ、敵の姿は見えません。あの城に残るは死者の亡骸(なきがら)のみ、ですが、あのようなむごいことを……」

 兵は躊躇(ためら)い、ナイアスは眉を寄せた。

「よい、私が直に参る」

「ナイアス様」

「この目で見なくてはならん。案内してくれ」

「はっ」

 報告の兵は再び馬に乗った。

「ナイアス様、お待ちください」

 ガドが引き留めるのも聞かず、ナイアスは報告の兵に続いて国境の出城に馬を飛ばす。

「仕方ない、続け」

 ガドは先を走るナイアスを追った。


 そこは、時が止まったように静かだった。

 ただ、ナイアスが近づくと、おびただしい数のカラスが飛び立っただけだ。

 出城に近づくと、腐臭(ふしゅう)がナイアスの鼻をついた。

 思わず、吐き気がこみ上げる。

「この先でございますが」

 案内の兵がナイアスの顔色を窺う。

「よし、お前はここで待て」

 ナイアスは案内の兵を待たせた。腐臭をこらえて中に入ると、入り口付近には、兵士の遺骸が折り重なり、壁にはどす黒い血しぶきの跡、そして未だ乾かない血だまりの中に倒れた兵士の遺骸が散らばっていた。彼らはナイアスが信を置く、シオセの直属部隊の兵士たちだ。

(これを……カムヤがやったというのか?)

 重い足取りで階段を上って行ったナイアスは、そこで愕然(がくぜん)とした。

 そこには三体の遺体があった。

 それぞれ目をくりぬかれ、鼻を()がれている。

 その三人に、ナイアスは覚えがあった。

「アドラス、ピオン、ネスト……」

 ナイアスは悲鳴に近い叫びを上げた。

 彼らが(から)の目を向ける、その方角はサッハ……ナイアスのいたサッハだった。


 後を追ったガドはナイアスの叫びを聞きつけて階段を駆け上った。

「何ということだ」

 ガドもその遺体を見て呆然とした。

「何故だ……うあああっ」

 遺体の前で(ひざ)を折っていたナイアスは大声を上げ、いきなり立ち上って剣を抜いたかと思うと、まるで見えない敵と戦うかのように、めくらめっぽうあたりを斬りつけた。

「カムヤ、お前なのか? なぜ、こんなことをする? 私が憎いなら、私を襲えば良かったのだ。何故……何故こんな事をした?」

「ナイアス様……」

 ガドはどうしていいのかわからず、主を見つめた。

 ナイアスの剣が空を切る。

「ああ、あああ……」

 じきにナイアスは転がっていた遺体に足を取られ、倒れた。

「カムヤ、何故だ? 何も見えん……真っ暗闇にいるようだ」

「ナイアス様、戻りましょう。さあ」

 息を詰めて見つめていたガドはナイアスに手を貸し、立ち上がらせた。

「ナイアス様が動揺なされば、軍の士気にかかわります。しっかりなさいませ」

 ナイアスは暗闇を払うように首を振ると、ガドを見上げた。

「ああ、ガドか……悪かった。心配ない。自分で歩ける。無様(ぶざま)なところを見せたな」

「いいえ……さあ、外へ」

 ガドは素早くナイアスの足を階段へ向けさせた。

 ガドは、実は、このような状況は何度も目にしてきた。

 近しい間柄であるからこそ、残虐になることもある。

 それは、戦場に身を置けば、避けて通ることはできない。

 ガドは本能的にそれを知っていた。

 しかし、ナイアスは、剣も、その頭の切れもいいが、このような場面には身を置いてこなかった。

 ガドがそうさせなかったのだ。

(ナイアス様には必要ないと考えていた。戦いの、こんな一面を見ないで済めばそれに越したことはないと、どこかで思ってもいた。だが……避けられるはずもなかった。誰であろうと、戦いに身を置く限り、いつかはこのようなものを目にする……)

 ガドは先を歩くナイアスの後ろ姿を見守った。


 軍に戻ったナイアスは、遺体を集め、出城ごと火をつけるように命じた。

 それは大きな松明のように燃え続けた。

 その晩、ナイアスの率いる討伐軍は出城から離れたところで野営となったが、ガドはこの始末をつけた兵たちの間に、わずかな恐れが生じたことに気づいていた。

(相手は反乱軍だ。その兵の数も、物資も、クイヴル軍全体からすれば比ではない。だが……今のこの空気……何故か、危うい気がする。早めに増援を要請しておくか……)

 それは、長く戦場に身を置いてきたガドの直感のようなものだった。

 ガドの心に戴冠式の時のシンの姿が浮かぶ。

 それから、ビャクグン、スオウ、シャギル、ルリ、キアラ、ナッド……

(いや、そんなことを考えても無駄だ。今、ここにはおろか、サッハの王宮にさえ、あの方たちはいない。まずは自分が冷静になるしかない)

 ガドは自分自身を叱りつけ、隊長たちに(げき)を飛ばした。


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