6.ティノスの僧院④
三頭のタウは目の前の人間を取り囲み、ゆっくりとその周りを歩きながら観察している。吹き矢で刺激しなくても、ティノスの言う通り少しでも身動きすれば、すかさず襲ってくるだろう。
彼らの様子を窺っていた一頭が、ついにザインに手を出した。咄嗟にザインはこれを躱したが、躱すだけで精一杯だった。
剣を振るって斬りかかろうにも、あたりは暗く、何より相手の動きが速すぎる。
タウは今度は身をかがめ、飛びかかる様子を見せた。
アイサは三匹のタウを見つめている。
タウの注意がアイサに向き、カムシン、ラドゥス、ザイン、バリ、ベレロポーン、そしてセキオウ、それぞれが武器に手をかけた。
(次は命のやりとりになる)
誰もがそう思った時だった。
「アイサ様」
ラドゥスが叫んだ。アイサが無造作にタウの方に進み出て目を閉じたのだ。
「そこを動かないで。あの猛獣使いたちに吹き矢を撃たせないで」
有無を言わせぬ調子で言うと、アイサはタウの大きな体にも頓着せず、子どものように手を広げた。
「気がふれたか」
ティノスがあざ笑う。
「そんな……」
「何をしようってんだ?」
金縛りにあったように動くこともできない仲間の前で、アイサの表情は何かを聞こうとしているかのように見えた。息を飲んで見守っていると、ふと、じっとりとした密林の中に一陣の風が吹いたような気がした。
タウは動きを止めている。
アイサが口を開いた。
聞き慣れない言葉だった。
『ここは、お前たちのいるところではない。ここは、あの濃い空気に満ちた土地ではない。お前たちが殺すのは、お前たちを利用する者に追い立てられるからではない。そう、命は巡る。私の命がお前に奪われ、その糧となるときがあるかも知れないが、それは今、このような形でではない……さあ、今流れた、この香りは何だ?』
アイサは、タウたちの思念に問うた。
『ああ、それは、ロウジュの木が花をつけたのだ。その花は更に強い香りを放つ実をつけ、そこに多くの虫たちが集まる。それを狙って小さな獣が集まり、月夜の晩など、賑やかなものだ。そんなときは、俺たちもご機嫌で狩りに出るのさ。木々の間から森ジカが水を飲みに来る。それが俺たちのごちそうだ』
タウの目が光る。
月を映しているかのようだ。
アイサは微笑んだ。
『そう、それがお前たちの世界だ。さあ、タウよ、私たちを行かせておくれ。私はこの不自然を断ち切らなくてはならないのだから』
『ああ、お行き、密林の風を運ぶ子よ、月を呼んだ人間よ。お前がここにある不自然を断ち切ると言うのなら、いつか俺たちをあの森に帰しておくれ』
『この命があれば……必ず、と約束しよう』
アイサはゆっくりと頷いた。
カムシンたちは目の前の状況が信じられなかった。
三頭のタウは身を横たえ、アイサの周りを囲んでいた。
それから目を閉じ、アイサの声に耳を澄ましている。
「ちっ、何をしている? 吹き矢だ、吹き矢を使え」
ティノスが叫んだ。
猛獣使いは一斉に吹き矢を吹こうとしたが、バリが針を、セキオウが短剣を放ち、猛獣使いが次々倒れた。そしてその針と短剣はティノスをも狙う。が、ティノスを守ろうと飛び出した護衛の者たちが倒れ、ティノスには届かなかった。
「やはり悪魔だ」
喚くティノスを、残った護衛たちが鉄の格子から遠ざけ、足音が暗闇に吸い込まれていく。
(何故、あのように馬を自在に操れるのかとお聞きした。すると、思念で相手を掴み、引き寄せるのだと仰った。そうすれば、その後はこちらの意を解して、一体となって動けるのだと)
息を詰めてアイサとタウを見守っていたザインがそっと緊張を解いた。
ラドゥスが動き、アイサの肩をそっと揺する。
「アイサ様、タウが戻っていきました。早く、ティノスを」
アイサの目に光が戻った。
「ああ、そうだった」
「大丈夫ですか?」
「すこぶる気分がいい。タウの見せてくれた世界は、自由で力強かった。さあ、行こう」
鉄格子に近づくと、アイサはシンの剣を一閃した。
あっけなく格子が切れる。
「すげえ」
カムシンが唸った。
ティノスの姿は暗闇に消えていた。
しかし、その思念は、はっきりとアイサに感じられる。
それを頼りに追いかけるアイサに、前方で扉の開く音が聞こえた。
そこから明かりが漏れる。
「あそこか」
閉じかかる扉に向かってカムシンが足を速め、中に滑り込んだ。




