6.ティノスの僧院②
薄暗く、人の気配はない。
「ティノスの書庫だと思います」
セキオウが言った。
一同が書庫から外を覗くと、通路はがらんとしていた。
「誰もいないな」
カムシンが音もなく通路へ出る。
カムシンに続いて通路に出たアイサが上を見上げた。
「こっちだ。ティノスの思念が伝わる」
アイサが豪華な階段に向かって走り出した。
「あっ」
「アイサ様、お待ちください」
「ちっ、行くぞ」
カムシンは一同を率い、階段を駆け上った。
「何者だ?」
「お、お前は」
巡回してきた警備兵が息を飲む。
「おい、来てくれ」
その声に、階段の上がった先でアイサを待ち受けた警備兵たちが構える。後ろには大きな扉が見えた。
「悪魔……の娘」
「どうやってここまで来た?」
「早く、お知らせするのだ」
だが、警備兵たちの声はここで途絶えた。アイサの剣が兵を黙らせたのだ。アイサが扉に手をかける。
「おい」
カムシンが慌てて止めようとしたが遅かった。
アイサは扉を開け放っていた。
そこは大きな広間だった。祭壇が設けられ、火が焚かれている。そしてそこにいた百人ほどの若い兵は頭を垂れ、誰ひとりとして動かなかった。
まるで時が止まっているようだ。
アイサは顔を顰めた。
バラホアの調合室で嗅いだ覚えのある香り、意志を奪う薬の香がする。
「中に入るな。この香は危険だ」
セキオウが叫んだ。
「やはり、また、来たか。だが、そんな人数で我々に勝てるとでも?」
祭壇の脇の扉から護衛を従えたティノスが姿を現した。
「ティノス、お前の兵を止めろ。イムダルの軍がやって来る。パシパの中で争っている場合ではない」
アイサは壇上のティノスを見上げた。
「やれやれ、何を言い出すかと思えば……そんなでたらめを信じると思うか? いくらルテールを落としたとて、イムダル軍にはとてもここまで兵を寄越す余力などないわ」
「そうかな? イムダルはルテールを落として既にここに向かっている」
「ふん、たとえそうだとしても、このパシパを攻めるというのであれば戦うまで。思い上がったイムダル王子にパシの信徒の力を見せてやるまでだ」
「パシパの危機とやらで集めた兵でイムダルと戦うと?」
「当然だ。だがせっかくお前がここに来たのだ。こちらから提案してやろう。パシパの炎を私に返せ。そして信徒の前でお前の非を認め、お前の命をギレ神に差し出せ。そうすれば、グレンデル派を粛正する兵を止めてやってもいい。どうだ?」
「ふざけるな」
カムシンが叫んだ。
「ギレ神か。それは、既にお前のための、都合のいい妄想だ」
アイサはティノスを見据えた。
ティノスの瞳が怒りに燃える。
「神の姿も見えない愚か者に何を言っても無駄だったか。ならば、お前もグレンデルの後を追うんだな」
ティノスは眼下で頭を垂れる若い兵たちに命じた。
「侵入者を殺せ」
ティノスの命令とともに、静かに頭を垂れていた兵たちが攻撃の態勢に入った。
「気をつけろ」
カムシンが叫んだときには、既にアイサはティノス目がけて飛び出していた。
それを阻止しようと、さっきまで頭を垂れて動かなかったティノスの兵がアイサに襲いかかる。
「下がっていて」
アイサは懐から爆弾を取り出し、壁に向かって投げつけた。
轟音とともに、壁に大穴が開く。
「ありがたい。香が薄まる」
セキオウが言った。
「なんてことをしてくれる」
アイサを睨むティノスに向かってアイサは走る。
「ここは、私たちで何とかします。早く、アイサ様を追って下さい」
ラドゥスがカムシンに叫んだ。
「待て、みんな目をつぶれ」
「セキオウ?」
セキオウが後方に照明弾を投げた。
ティノスの兵が混乱に陥った。その隙にラドゥス、ザイン、バリ、ベレロポーンはアイサの後方を守り、その間にもアイサと並んだセキオウ、カムシンは向かって来る兵を退け、ティノスとの間を詰める。
しかし、ティノスとその護衛の兵は祭壇脇の扉に入ってその扉をしっかりと閉ざしてしまった。
再びアイサが扉を爆破する。セキオウがアイサに追い縋ろうとする兵たちを倒し、アイサとカムシンは吹き飛ばされた扉の向こうに口を広げる穴をくぐった。
セキオウ、ラドゥス、ザイン、バリ、ベレロポーンが続く。
だが、広間にいたティノスの兵たちは何故かそれ以上彼らを追おうとしない。
「どういうことだ?」
ザインが呟く。
「罠でも何でも、こうなったら行くしかない」
ベレロポーンが答える。
既にティノスの姿はどこにも見えない。その先は所々にしか明かりがなく、中は複雑に入り組んでいる。光の届かない闇が濃い。ねっとりとした暗闇を切り裂くように走るアイサの行く先が、やがてぼんやりと明るくなった。




