5.聖なる都⑪
この後スピクナードと二人の僧侶に案内されてキアラとグードは彼らの僧院へ向かい、アイサは再び野営地にやって来た。
ティノスの軍が近づいている。
夕闇が迫り、パシパの明かりが星のようにきらめき始めた。
野営地の規模は、今は昼間の半分以下に縮小している。ロリンとカムシンの指示で、半分はパシパの町に潜んだのだ。そして、朝までには残りの半分も全てパシパの町に吸収される予定だ。
時が来た。アイサはティノスに会いに行き、大陸各地からやって来た信徒はこのパシパでティノスのやり方に抗議する。
もちろん、彼らも自分たちが無事ですむとは思ってはいない。だが、彼らはロリンの指示を待っている。それを見守るカムシンの部隊の緊張も高まっていた。
「それにしても、パシ教徒というのは……ロリン殿の所にしろ、今度のマツラやクイヴルの信徒たちにしろ、並の軍よりも士気が高く、統率が取れている。驚きました」
ラドゥスが言った。
「うちの隊員の技量にも注目して欲しいね。それぞれの能力の高さは、どの軍の兵にも引けを取らないはずだ」
カムシンがちらりとアイサを見た。
アイサはパシパを見ていた。
ティノスの興した都はティノスの野望そのものだ。しかし、そこは多くの人々が当たり前の生活を営む町でもある。
(ロリンも行った)
ティノスを、ティノスを慕う信徒を、ティノスに反対するここの僧侶や、ロリンたちグレンデル派の信徒たちを、そしてそこに住む住民を飲み込んだパシパが、ティノスの軍と、イムダルの軍を迎えようとしている。
「様々な力がここに集まる。集まった力がどこへ向かうか」
星が瞬く夜空を見上げて、アイサは呟いた。
こみ上げる不安を押し殺し、ラドゥスがアイサを見守る。
「いずれにしても、母上が私に託した希望が繋がることを信じなければ先へは進めない」
アイサはきっぱりと言った。
「アイサ様」
セキオウがアイサに近づいた。
「イムダル?」
「はい。イムダル王子がルテールから三万の兵を率い、こちらに向かっています」
「三万」
ラドゥスは息を飲んだ。
「来たか」
カムシンが言った。
「それに、シン様もクイヴル軍を率いて、ともにこちらへ」
「王も」
ラドゥスがほっと息を吐いた。
「しかし、ルテールの後始末を任され、ルテールを離れることができないビャクグン様はご不興で周りにいる者はピリピリしています」
セキオウは困り顔だ。
アイサは笑った。
「シンが来るのね。それで、イムダル軍の速度は? こちらに着くのは、いつかしら?」
「それが、あの方があんなに迅速に軍を動かせたとはにわかには信じられません。信徒の兵を募るのに手間取ったティノスの軍に追いつく勢いです」
「急がなきゃね」
「それと……最近、一層ティノスの僧院の警備が厳しくなりました。何しろ、大胆にもティノスの寝室に忍び込んだ者がいたらしいのですが……」
「何だと?」
カムシンとラドゥスは半信半疑でセキオウを見た。そのセキオウは黙ってアイサを見ている。
「眠っている者に刃を向けるのは、思った以上に難しいものね」
アイサは肩を竦めた。
「冗談じゃないぞ」
カムシンが怒鳴った。
「今回ばかりは、私もそう言わせていただきます」
ラドゥスも言った。
「そんなことでティノスを倒せるのですか?」
セキオウも厳しい顔だ。
「あんたは甘いよ」
カムシンはアイサに詰め寄ったが、アイサは黙ってウグイス亭に足を向けた。




