5.聖なる都⑩
「滅びた方がいい、だと?」
「それは、どういうことですか?」
スピクナードも二人の僧侶も部屋にいる面々に目を移した。
「イムダルがパシパに制裁を加えるためにやって来る。それも近いうちに」
アイサは答えた。
「まさか、そんなことあるはずがない。そうだ、パシパというのは大主教のことに違いない。ならば、かえって都合がいいではないか。我らは大主教に反対している。イムダル王子が我らの代わりにティノスを滅ぼしてくれればあとは我々がこのパシパを立て直せる」
「聞こえなかったのか、スピクナード殿? 私はイムダルがパシパに制裁を加えると言ったのです」
「しかし、アイサ殿、何故大主教でなく、パシパなのだ? 悪いのは大主教ティノスだ。あいつが勝手にリュト王子のために兵を出した。第一、パシパは大陸中に信徒を持つパシ教の都ですぞ? それに制裁を加えるなど、いくら報復のためとはいえ、無茶だ」
「だけど、どんな王だって、信徒に武器を持たせて国造りに介入してくるような教団は邪魔でしょう?」
「だが、そこまですれば各国の信徒の反発を買う事になる」
「だから、もう二度と立ち上がれないほど徹底的にパシパを叩きたいでしょうね、イムダルとしては。パシパで信徒同士の争いが起これば、それこそイムダルの思う壺だわ」
「スピクナード様」
「スピクナード様、いったい我々はどうすれば」
二人の僧侶が迫る。だが、スピクナードは冷や汗を流し、小刻みに震えるばかりだ。
「リュト王子の大軍を退けたばかりか、自ら軍を率いて、瞬く間に王都ルテールに迫った。イムダル王子の力は尋常ではない。その考えることも、常識を越えているというわけか。で、そろそろ話してくれてもいいんじゃないか? あなたは、どうするつもりなんだ?」
カムシンがアイサを見た。
「イムダルを止めるのは容易ではないが」
「やはり、イムダル王子を止める気か?」
カムシンは頭を抱えた。
(この方は何をしようとしているのだろう? 俺にはどんな策も浮かばない。この状況でどんな手立てがあるというのだ? いいや、どんなことになろうと俺のすることは決まっている。アイサ様をシン様のもとに無事お連れする。相手がティノスであろうと、イムダル王子であろうとな。だが……畜生、どうしたらいいんだ)
考え込んでいたキアラはアイサの声に顔を上げた。
「ティノスはあの火を失ってもなお、バラホアの薬を使い、力を求め続けている。私は、今度こそティノスを止めなくてはならない。ティノスが私の説得に応じてくれるようならばいい。でも、もし、ティノスが私の話に耳を貸さず、イムダルを前にしても戦うというのであれば、私は、まずティノスの僧院で剣を振るうことになるわね」
「ティノスの僧院を抑えるんだな?」
アイサの言葉にカムシンが反応する。
「それしかないか。しかも、各地で集めたティノスの軍が到着する前に、ですね?」
キアラが言った。
「そのつもり。それからイムダルを止める」
「我々はいったんパシパを離れるしかないでしょうな」
「パシパの人たちを置いて、自分たちだけ助かる気?」
立ち上がろうとするスピクナードをアイサが見据えた。
「し、しかし……」
「あなたは今更逃げても、私が討ち損じればティノスに、そうでなければイムダルに捕らえられるわね。そうなれば、どのみち命はない」
「どちらにしろ、死が待っていると?」
「ティノスに殺されるか、イムダル王子に殺されるか、どちらが楽か、だな」
カムシンがにやりとした。
「いやだ、助けてくれ、悪魔と呼ばれたあなたならなんとかできるのではないか?」
スピクナードとお供の僧たちのすがるような視線がアイサに向いた。
「スピクナード殿、パシパのために仲間をまとめ、グードの指示に従うというのはどう?」
アイサの腰の剣にはめ込まれた石が赤く光った。
それがスピクナードの心を探る。
パシパに制裁を加えるというイムダルの軍に震え上がったスピクナードたちの心には、さっきまでの野心など、もうどこにもない。
「パシパのため……それが我々が助かる道なのか?」
「そうよ。それしかないわ」
「わ、わかりました。グード殿に従いましょう。しかし、パシパは大きい。これを守るなどできるのでしょうか?」
「まあ、考えはあるのだけれど……まず、ティノスを止めて、パシパをまとめられるかどうか。時間との勝負ね。スピクナード殿、私が首尾良くティノスを討つか、その身柄を押さえるかできたら一時パシパを預からせてもらいたい」
「ああ、それはありがたい。そのように皆に伝えましょう」
スピクナードはあからさまに胸をなでおろした。だが、キアラが黙っていなかった。
「ティノスを大主教の座から下ろすのはいい。ですが、パシパを預かるのはいけません。そんなことをすれば、パシパの全責任をアイサ様が負うことになる。パシパを滅ぼそうというイムダル王子の軍を迎えるのが、まさにアイサ様になるのですよ?」
その気迫にスピクナードと二人の僧が身を縮める。
「だが、他に何か策があるか? このままでは、パシパは迷走するぞ?」
身をすくめるスピクナードと彼に従う二人の僧侶に目をやってカムシンが言った。
「その通りです」
ロリンがアイサを見た。
「キアラ、私はここから引く気はないわ」
「ならば、私も最後までお側でお守りするしかありますまい」
キアラは頷いた。




