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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅶ.銀のつむじ風
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5.聖なる都⑦

『ナハシュ、お前、何をした?』

『ふふん、奴に悪夢を見せてやったのさ。お前の力を利用してな』

『確かに、私の思念にお前が触れてきたのはわかったが、悪夢とは?』

『ああ、奴の信じるギレ神とやらを、俺が奴の目の前で粉々に砕いてやったのさ。あの動転ぶりといったら、見ものだったな?』

『ナハシュ……お前は、どこにいてもたちが悪いな』

『これが俺の(さが)でね。人の心を試さずにはいられない』

 上機嫌なナハシュに呆れてアイサが部屋を出ようとしたときだった。警備を任されたさっきの男、黒髪の怜悧な男が駆け込んできた。

「ティノス様、ティノス様、いかがなさいました?」

 医師と男が付き添いの僧に身を支えられたティノスに近づく。

「いや、何でもない。夢を見ただけだ」

 ティノスは答えた。

「さあ、ティノス様、少しお薬を差し上げましょう」

 医師が素早く薬瓶のふたを開けた。

「やはり、お疲れなのです。ティノス様、パシパは我々が必ずお守りいたしますから、どうか安心してお休み下さい。この都に入り込んだグレンデル派も、じきに静かになりましょう。リーチェ、お前はティノス様についていろ。私はもう一度警備を確認してくる」

 男は駆け付けた親衛隊員のリーチェに言い、ティノスは自分を覗き込む男に頷いた。

 その隙にアイサは集まる兵の間を抜けて部屋を出ていた。

 男も部屋を出る。

「隊長、ティノス様に何か?」

 待っていた親衛隊員の一人が聞いた。

(親衛隊長だったのか)

 アイサはちらりと黒髪の男を振り返った。

「何者かが、ここに忍び込んだかもしれん」

「そんなことができるでしょうか?」

「どこにも異常はなかったかと」

 隊員たちが顔を見合わせる。

「その油断があだとなるのだ」

 男はそう言ってティノスが休む部屋の扉が閉まった瞬間、何もないと見えた回廊の先に素早くナイフを投げた。

(気づかれたか?)

 瞬時にアイサがよける。

 男は更にナイフを放ち……一瞬そこにあるはずもない銀色の髪がひらめいた。

「悪魔め、お前の仕業か」

 男は先ほど銀の髪がひらめいたあたりを見据えた。

「くせ者だ。出口を押さえろ」

 男が叫ぶ。

 その場にいた親衛隊員や警備兵が何のことかわからないまま、近くの扉を押さえ、騒ぎを聞きつけた兵たちが駆け付けた。

『よく気が付いたと思うけど、これだけの人数の中で私の気配を掴むのは無理ね』

『ああ、あいつではここまでだな。だが、しくじるなよ。油断があだとなると、さっきあいつも言っていただろう?』

『よく聞いている』

 アイサは苦笑し、勝手がわからないままあちこちの扉の前を右往左往している兵をかわし、追いすがる黒髪の親衛隊長を引き離して階段を駆け下りた。

「外に出すな。お前たちはティノス様をお守りしろ」

 男が集まる警備隊に指示を出す。しかし、そう言われても相手は姿の見えない侵入者だ。真剣に頷くものの、警備兵の表情が心もとない。

「うっ」

「おい、どうした? あっ」

 二人の兵がうずくまる。

 手薄な扉を守っていた二人を倒してアイサが外に飛び出し、僧院の庭を走る。

「何だ、今のは?」

「しまった、外に出たぞ」

 扉の周りで兵が叫ぶ。

 その声も遠くなった。

 ティノスの僧院の第二の門は固く閉ざされているが、アイサは暗闇でベールをポシェットにしまい、ナハシュにロープを縛り付けるとそれを壁の向こうへ投げた。持ち主の身から離れれば、ナハシュは持ち上げるのにも苦労するほどの重みをもつ。アイサはロープを引っ張って揺るがないことを確認すると、素早く壁を登った。

「おい、こっちで物音がしたぞ」

「壁の外で物音がした。外だ、外も見張れ。門は固めろ」

 追っ手が門から出て散らばる。その中をアイサは第一の壁に向かって駆けた。親衛隊長の男が追ってくる。

「第一の門を守れ、門を固めろ」

 男が叫んだ。

「どうやら、一人のようだが、油断するな」

 親衛隊長を中心にさまざまな怒声が響く中、アイサは茂みに姿を隠し、もう一度ロープを結んだナハシュを第一の壁に向かって投げた。今度はカシンという音とともに、ナハシュが壁にひっかかる。アイサはロープを引っ張って手ごたえを確かめ、また軽々と壁に上ると壁の外に飛び降りた。

「音がしなかったか?」

「壁を越えたか?」

 第一の壁を守る警備兵が駆けてくる。

(おっと)

 胸から取り出したベールでアイサは姿を消した。ここはもう壁の外、そして夜とはいえ、多くの人が行き来するルーフスだ。

「取り押さえろ」

「逃がすな」

 動転した声が当てもなく行き来している。アイサが落ちついてロープをほどいてナハシュを腰に納めると、ナハシュがわざとらしく言った。

『やれやれ、危なかったな』

『ああ、あの男に気付かれてしまった。やはり、ティノスの周りには侮れない者がいる』

『お前、せっかくあそこまで行ったというのに……こんな機会はもうないぞ? あそこでさっさとやっちまえばよかったんだ、つまらん』

『そうかも知れないが、ひとつ収穫があった』

 アイサは笑みを浮かべた。

『ほう? 何だ?』

 ナハシュが興味をひかれた。

『まだ、秘密』

 アイサが答えないとわかると、ナハシュは問いを変えた。

『ティノスが集めた信徒の軍とイムダルが率いて来る軍を相手に、どう戦う気だ?』

『大いにお前を当てにしている』

 アイサは飄々(ひょうひょう)と答えた。

『無茶を言うな。今の俺にそんな力はないぞ?』

 ナハシュの不機嫌な抗議に、アイサはまた笑った。


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