5.聖なる都⑥
カシャン
「おや?」
静かに開いた扉をいぶかって、一人の兵が部屋の中を窺いた。
「どうかなさいましたか?」
兵は声をかけたが、そこには誰もいない。
不思議に思った兵は、もう一人の兵と顔を見合わせ、それから部屋の中を見回した。
「何か?」
ティノスの寝室に続く間に控えていた僧が椅子から立ち上がった。
「いいえ。おかしいな……」
扉を守っていた二人の兵は狐につままれたような顔をした。
「おかしいとは?」
「今、この扉が開いたものですから、何か御用でもおありだったかと思いまして」
「何もありませんよ。私はここを動いていませんし」
僧は椅子に掛けると、読み止しの経典を取り上げた。
「失礼いたしました」
怪訝な顔をしながら、二人の兵が扉を閉める。
一方、堂々と扉を通り抜けたアイサは、その時ティノスの枕元に立っていた。
今アイサの目の前にあるのは、セジュにいたときからアイサを苦しめてきた顔だ。アイサの脳裏にグレンデルと、そして、バジーの谷で見た光景が浮かんだ。
(ティノス)
アイサの手がセジュの剣ナハシュにかかる。
しかし、アイサはティノスを見つめたまま動かなかった。ティノスは、やつれて見えた。顰めた眉に、深い眉間のしわ。眠りの中でも安らいでいない事がわかる。
『何をしている? 早く始末してしまえ』
ナハシュが言った。
『ここに来るまでに、多くの者を傷つけてきたお前だ。今更ためらう必要など、どこにもない。こいつは諸悪の根源だぞ? こいつのせいで、多くの者が苦しんできたのではないか? お前は、それに決着をつけるためにここにいるんだろう?』
『そうなのだが……やめた』
『何だと?』
『眠っている奴を殺すなんて、できない』
アイサは息を吐いた。
『お前は……いったい、何を考えているんだ? いや、絶対何も考えていないな? いまいましい。こんなことなら、うっかりシンの奴の言うことを聞いて、のこのこお前になんかついてきてやるのではなかった』
ナハシュの苛立ちが伝わった。
『帰る』
アイサが踵を返す。
『おい、待て、なあ、これぐらいはいいだろう?』
ふと、ナハシュが面白そうに笑い、ナハシュに触れるアイサは、逆にナハシュが自分に触れ、その力を引き出そうとするのがわかった。
『お前の思念は強いからな。挨拶しておこうじゃないか?』
ナハシュがそう言うと、たちまちティノスの顔が恐怖に歪んだ。
「うっ、ああっ、やめろ、やめてくれ」
「ティノス様?」
ティノスの上げた悲鳴に、隣の部屋にいた僧がベッドに駆け寄る。
「ティノス様。誰か、医師を呼べ」
動転する僧の声が響いた。




