4.ルテール攻め③
「ヴォダン様、リュト様がお呼びでございます」
ヴェレックと入れ違いにリュトからの使いが現れた。
「わかった」
短く答えたヴォダンに使者は深く頭を下げ、部屋を出て行く。
ヴォダンは傍らにあった酒を小さなグラスに注ぎ、一気に仰いだ。
火のような刺激が喉から胃を焼く。
(ススルニュア平定、クイヴルとの国境警備、王都ルテールへの召喚……イムダル王子を追い詰めるために打ってきた手が、ことごとく逆手に取られている。イムダル王子め、取るに足らない相手と思っていたが、ここに来て伏せてあったカードが次々に表に出てきた。ここまで用意周到な準備をして王子を支えるのはクルドゥリとシン王か? 私がその力を計りかねる相手など、この大陸にいるとは思わなかった。こちらとしても相手にとって不足はないということか)
ヴォダンは手にしていたグラスを磨き上げられた床に叩きつけた。
ヴォダンがリュトの居室に通されると、そこにはリュトの他にリュトが成人するまで後見役を務めていた大貴族のローウィン、エドモンド公リュンク、そしてシェドを動かすニフルが顔を揃えていた。
しかし……
今ここに闘志漲るアジと、冷徹なアルゴスの姿はない。
「ローウィン殿、そのご様子では、ススルニュアの王との会談は芳しくなかったようですね?」
部屋に入り、ローウィンの顔を見るなり、ヴォダンは言った。ローウィンはイムダル王子との戦いを有利に進めるため、ススルニュアを利用しようと奔走していたのだ。
「ススルニュア復興のために多額の援助を申し出た。当初はあちらから持ちかけていた和平協定も、改めてこちらから提案した。しかし、奴らは煮え切らぬ返事ばかりで、兵の派遣にはすんなりと首を縦に振らん」
ローウィンは苦々しく答えた。
「ススルニュア王め、我々の足元を見ているのか?」
心中の苛立ちを抑えるように、リュトは腕を組んだ。
「今のオスキュラの状況を見て、リュト様とイムダル王子を秤にかけているというわけですか。しかし、ススルニュア王はいつの間に城に戻ったのだ? ススルニュア王は、シェドによって城外で監視されていたのではなかったか?」
リュンクがニフルを睨む。
リュトがこれに答えた。
「これは正式な手順を踏んでいる。イムダルがススルニュアを平定した際、オスキュラに抵抗しないという条件で、我々はススルニュア王を城に戻したのだ。ススルニュア王はあらゆる要求を呑むと言った。シェドを城に入れ、監視とすることも認めていた。だから、さして気にもとめていなかったのだが……」
「ススルニュア各地を抑えていた肝心のシェドがその数を減らし、力を失っている。ススルニュア城に残ったシェドも、いつの間にか姿を消した。シェドはお前の管轄下だ。ニフル、何をやっていた?」
声を上げるリュンクをニフルの氷のような瞳が捕らえる。
「ルテールの後始末に動員して、手薄になっている間をつかれたのでしょうな」
「何だと? 自らの失態を我らのせいにするか?」
「失態? 易々とルテールを手にしたのは、ススルニュアから呼び寄せた仲間の力が多分にあった。それを思い出していただきたいものです」
「二人とも、やめないか」
ローウィンは言い、その目をリュトに移した。
「リュト様」
腕組みしたリュトが苦々しく頷く。
「ススルニュア王はオスキュラが混乱している以上、どちらの王子の命に従うべきかわからぬと言っている。だが、どうしてもここは援軍が欲しいところだ。前々からススルニュアが求めていた地方の返還を条件に加えろ。あの地は、もともとススルニュア人が多い」
「よろしいのでございますね?」
ローウィンが確認する。
「ああ、構わん。後で取り返す。それより、我が領からの援軍は、まだ到着しないのか?」
「それが、イムダル軍の妨害に遭い……」
ローウィンは言葉を濁した。
(ここでもか)
リュトはこぶしを握った。
何もかもが、上手くいかない。
「父上が亡くなり、兄上を倒して回り始めるはずの歯車が狂い始めたように見える。いや、狂っているのではないのかも知れぬ。初めから、イムダルの思う通りに動いていたのか?」
集められた全員が押し黙った。
「王宮の守りを固めましょう」
ローウィンが低く言った。
「ああ、頼む」
リュトが頷く。
その表情には微かに疲れが見えた。
「王妃とジョヌ様には盾になっていただきましょう。この城におられる以上、もとよりそのお覚悟であるはずだ」
ヴォダンは一礼し、リュトの居室を出た。




