3.合流⑧
「これはこれは、ずいぶんと余裕のないことだ。それともそれがグラン流というのか? ところで」
カムシンもキアラを睨んだ。
「俺もちょっと聞きたいことがある。あんたは何故ここに来た?」
「言ったはずだが?」
「ああ、聞けば、ルテールからクイヴルへ戻る途中にあの人のことを聞いて、こっちに飛んで来たというではないか? だが、サッハには今、主がいない。普通に考ええれば、あの人のことより王不在のサッハに目を光らせるのが、グランの王弟であり、クイヴルの重鎮の役目ってものじゃないのか?」
「それか」
キアラは困ったようにカムシンを見た。
「お前、もしかして……」
にやりとしたカムシンと目が合って、キアラは慌てた。
「いや、確かに俺はアイサ様を敬愛しているが」
「ほう?」
面白そうにキアラを見るカムシンに、キアラは真顔になった。
「カムシン、サッハが奪われたのなら、取り返せばいい。だが、アイサ様のお命はそうはいかない」
「たった一人の女のために王や家臣が振り回される。クイヴル国民が哀れだな」
カムシンはキアラを見据えた。
「そう思われるかもしれんな」
キアラは低く答え、それからすっきりとした目でカムシンを見返した。
「確かに、アイサ様は今、クイヴルのために動いているのではない。だが、カムシン、見て見ろ。人々の苦しみを癒そうとしてあの人の選ぶ道は必ず希望に繋がってきた。そのアイサ様を失えば、シン様はこの世界に失望なさる。シン様はやがて、クイヴルにも、グランにも、オスキュラにも、興味をなくすだろう。それを考えれば、一時クイヴルを危うくすることなど、大したことではないのだ」
カムシンは大げさにため息をついた。
「ナッド様の所でも思ったが、クイヴル王とは、まるで子どもだな。国より、女の望みを取るだと? それでも一国の王か? そんな腑抜けた王にはきっぱり意見するのがあんたの役目だろう?」
「腑抜けだと?」
気配の変わったキアラに、カムシンは思わず身構えた。
二人の気配に気づいて、通行人が慌てて遠ざかる。
キアラはほっと息を吐いた。
「お前の言いたいことはわかる。しかし……」
キアラは言葉を濁し、カムシンは肩をすくめた。
「あんたの言いたいこともわかっているさ。あんたのグランも、俺たちのススルニュアも、あの人のおかげで息を吹き返したんだ。だが、恋人としては最低だな。見た目はともかく、あんな腕白な姫のどこがいいんだか」
カムシンが笑い、キアラもつられて微笑んだ。
「まさか、それだけの方だと思っているわけではあるまい?」
キアラの言葉にカムシンは少し考える風だった。
「あの人と少し手合わせしてもらったことがある。剣の腕も、その武術も大したものだと、俺も思う。だが……ただ鍛えただけでああなるものだろうか? あの火を封じたのだって、普通の人間ではできないはずだ」
「パシパの炎を封じた技はアイサ様のお国のものだ。あの力を一度使って、アイサ様にはもうその力はないそうだがな。ところでカムシン、シン様の剣の力は知っているか?」
キアラは聞いた。
「いいや。俺が聞いているのは、尾鰭の付いた噂だけさ」
「噂か。その噂がどんなものかは知らないが……あの剣は自在に火と風を操るものだ。あれさえあれば、どんな大軍を相手にしても、そう易々と負けることはないだろう」
「まさか……噂は出まかせじゃないのか?」
「いいや、本当だ。俺は実際それを何度も目にしているからな」
「それをあの人は預かっているのか」
カムシンの瞳が輝いた。
「いいや。無理だ、カムシン。あの剣はシン様以外には鞘から抜くこともできないはずだった。アイサ様がその剣を抜くことができても、シン様のように剣の力を発揮することはできないという」
「では、なぜクイヴル王は自分の剣をあの人に持たせたんだ? なにがしかの役には立つからじゃないのか?」
「さあ、俺にはわからん」
キアラは首を振った。
カムシンは溜息をついた。
「しかし……あの人は、どういうのかな。不思議な雰囲気を持っている。俺でもあの人に愛されるというのは、どれほどのものだろうとは思う」
「私にはあのお二人は互いに呼び、呼ばれるもののように見える」
キアラは呟き、カムシンは難しい顔をした。
「それなのに、クイヴル王はあの人をここによこしたわけだ」
「ああ、アイサ様にはティノスとの因縁がある。それはシン様にも止められなかったのだろう」
「なるほど……それじゃあ、帰ったらまず男心のわからない我儘な姫さんをとっちめてやらなくてはならないな。それから、そろそろ今後のことをどう考えているか吐かせないと」
カムシンは腕を組み、キアラはまじまじとカムシンの顔を見つめた。
「姫さん? とっちめて、吐かせる、だと?」
「そうさ。お前たちがどんなにあの人にちやほやしてきたかは知らないが、どう考えたって、このままじゃ、俺たち、前に進めないぜ?」
大真面目な顔をして言うカムシンを見て、キアラは吹き出した。
「ナッドめ、やるな」
キアラはそっと呟くと、ナッドがシンの命を受け、アイサのもとに送ったというこのカムシンという男を見た。
それから素早く通りへ目を移す。
それに気づいたカムシンが陽気な声で言った。
「さあて、どこに行きたい?」
パシパの警備兵が他の通行人とは気配の違う二人に注意を向けていたのだ。
「このところずっとだ。気にするな」
カムシンは低い声でキアラに囁いた。
「アイサ様は大丈夫だろうか?」
「ああ、あの姫さんがこのパシパにいることを知る者は多い。だが、心配ないだろう。つけられてもぼろを出すようなことはしないし、いざとなれば逃げ足が速くて、あっという間に姿をくらます。それに実際に姿を消せるというのなら……」
「ああ、シン様でもない限り、見つけ出すのは不可能か」
キアラは笑った。
「たいしたものだな、そのクイヴル王というのは」
カムシンは感心した。
「やっとわかったか。さて、この町中であの方を見つけ出せるとは思えない。私もこの町を見物しよう」
「それがいい」
二人は賑やかな酒場に向かって歩き出した。




