3.合流⑥
「アイサ様、私はこれで」
セキオウが一礼して扉に向かった。
「さて、私も」
アイサが立ち上がった。
「アイサ様」
ラドゥスが困ったように声をかけ、一方、カムシンは顔を輝かせた。
「出かけるのか? 俺も行こう」
「カムシンはススルニュアの仲間のところに行きなさいよ。自分の部隊をスウェインに任せて放りっぱなしというのはよくないわ」
「出かけるとは? ラドゥス、アイサ様は、どこに、何をしに行かれるのだ?」
「ええと、それは」
「いやあねえ、キアラったら。人の心の機微の勉強に決まっているじゃないの」
キアラに詰め寄られたラドゥスに助け船を出すと、アイサはさっと部屋を出た。
「アイサ様、お待ち下さい」
キアラが慌てて後を追う。
しかし、庭に出たアイサは夕闇の中にその姿を消していた。
「どこだ?」
キアラは庭に目を凝らした。
「あそこだ」
ザインが指さした。
キアラの目に塀を越える人影が一瞬見えたような気がした。
「本当に逃げ足が速い。いったいどんな育ち方をしたら、ああなるんだ?」
カムシンが大きな溜息をついた。
「ご幼少の頃から鍛えられていたとお聞きしたことがあるが」
キアラは答えた。
「御幼少……か。知っているか? あの人は、俺が国はどこだと聞いたら、誰も知る者のない国、そこから来たのだと答えた。それは、実は、海の底にあるのだと。俺が笑ってすませようとしたら、信じても信じなくても構わないと言ったよ」
カムシンは肩をすくめた。
「セジュと言うらしい」
暗闇を見つめたまま、キアラは答えた。
「おとぎ話かと思っていたが、本当なのか?」
「さあ。何しろ誰も訪れたことのない国だ。シン様以外は」
「クイヴル王が?」
驚くカムシンにキアラは頷いた。聞いていたラドゥスは黙っていられなくなった。
「キアラ様、あの方が冗談で仰っているとは思えません。ですが、そんな国があるのなら、やはり、その国もクルドゥリのように、いつかは私たちの前に姿を現すこともあるのでしょうか?」
「いつかは、そうなるかも知れんが、俺にはわからん。それより、お前をよこしたんだな、シン様は」
「はい。必ず、無事にアイサ様をお連れするようにと。そして、シン王はアイサ様にご自分の剣をお預けになりました。今は王がアイサ様の剣をお持ちのはずです」
「何だと?」
「おいおい、剣がどうしたって?」
口を挟んだカムシンだったが、キアラの真剣な様子を見て口を噤んだ。
「そのようなことが、可能なのか?」
キアラはラドゥスに詰め寄った。
「現に……アイサ様はシン王のあの剣を振るっておいででした」
「他者には決して抜けない剣のはずだ」
「私には……あの剣は、王の一部であるように思われます。実際、シン王は剣を説得したのだと仰っていました」
「説得した、だと?」
「はい。しかし、あの剣はアイサ様が持つ限り、シン王のような力を出せないそうです。王も、アイサ様も、そう仰っていました」
「では、何故?」
「それは……わかりません」
言葉に詰まるラドゥスを見ると、キアラは再び庭に目をやった。
「考えても無駄か。シン様には、シン様のお考えがあるのだ。それより、私も出かける」
キアラは後を追って来ていた皆を見た。
「フリント、お前たちはここに残ってくれ。迂闊に動くのはまずい。ここも探られているだろうからな。ラドゥス、セキオウ殿が戻られたら、私に知らせてくれ。グード殿、グード殿はお疲れでしょうから、お休み下さい」
慣れた様子で指示を出すキアラに、カムシンが言った。
「おいおい、あんたも出かけるつもりらしいが、あんたこそ、気をつけたほうがいいのではないか? 途中、街道で怪しまれて、危ない目に遭ったんだってな? 見る者が見ればわかる。あんたは自分の素性を隠し切れていない」
実際、グランの商人に扮していながら、パシの僧に目を付けられたあの一件以来気にしていたことなので、キアラは痛い所をつかれてむっとした。
「まあ、気にするな。俺がパシパを案内してやるよ」
カムシンがふてぶてしい笑みを浮かべる。
「仲間の所へ行け」
「いや、言っただろう、俺には有能な副官がいる」
「ならば、いっそ、そいつに部隊を譲れ」
「いや、それをやるとナッド様に申し訳が立たない」
二人は黙って互いを見た。
「それにしても、無礼なものの言い方ですね」
フリントがカムシンを睨み、ラドゥスはひやひやした。
「お偉い方々の流儀に合わせられないところは勘弁してくれ。別に悪気はない」
カムシンは一向に悪びれる様子がない。
「まあ、こいつに礼儀を説いても無駄だろうよ。それより、カムシン殿のお言葉に甘えるとするか」
(武装したススルニュア部隊を率いる男。どんな奴か探っておくのもいいだろう)
すぐさま頭を切り替え、キアラはカムシンとパシパの町に出て行った。




