2.キアラの選択⑨
翌朝一行は爽やかな空気の中で待つ馬に乗った。ツルバミが馬を走らせる。それを追ってキアラも軽々と馬を駆る。
「キアラ様、本当に傷の方は大丈夫なのですか?」
キアラの後を追って馬を走らせるフリントが叫んだ。
「傷口が変わった布でしっかり固定されている。それに、不思議なことに、もう痛みがほとんどないのだ」
キアラが明るい声で答えた。朝日を受けて輝く林の先には、大きな洞窟が口を開けている。だが、ツルバミはスピードを緩めることなく馬を駆った。
「ここからまた近道に入ります。ぐずぐずしていると、洞窟の口が閉まりますよ」
ツルバミに続いたクルドゥリの男が振り返って一行に言った。
「わかった」
キアラが答える。
ここで尻込みするわけにはいかなかった。
「地面には特殊な砂が敷かれています。衝撃に反応して、短時間ですが、光を放ちます。どうか必ずツルバミのつけた跡をたどって下さい」
キアラの前に洞窟に入ったクルドゥリの男は言い、その姿が霧のように消えた。馬の苦手なグードにはトキが付き添って、皆が洞窟の中へ飛び込んだ。
中の景色はぼんやりと霧がかかっているようで、目の前には曲がったり、弧を描いたりしている光の筋が見えだけだ。再び時間の感覚が乏しい疾走が続く。
やがて、前方に光が見え始めた。
草と土の香りがする。
「出口です」
ツルバミの声が聞こえ、その光の中に飛び込んだものの……キアラは自分の目を疑った。
目の前には大河が悠々と流れていた。
キアラに並んだフリントがあたりを見回す。
「洞窟は? われらは洞窟から出たのだろう?」
「扉は閉じられました」
先に待っていたツルバミは答え、川のほとりで待っていた男に近づいて行った。
「さあ、腹ごしらえをしておきましょう」
トキがもう一人のクルドゥリの男と一緒に持ってきた食料を広げ始める。火にかけた鍋からシチューのいい匂いがしてきた。
彼らの慣れた動きを黙って見ていたキアラを、フリントが物言いたげな様子で見つめた。
「何を言っても無駄だな。ここは、クルドゥリ流にやるしかあるまい」
キアラは肩をすくめた。
「ここで少し休んでおきましょう。もうすぐ私たちを乗せてくれる船が来るそうです」
川辺にいた男と短く言葉を交わして戻ったツルバミが言った。
それぞれが混乱した頭を抱えながら食事をする。
じきに川のほとりにいた男がやって来て、船が来ると告げた。
「グランの船のように見えますね?」
フリントが近づいてくる貨物船に目を凝らす。
「グランの小麦と革製品をルテールに届けた帰りです」
ツルバミが答えた。
船は徐々にスピードを落とし、キアラたちのいるあたりで完全に止まった。
川岸には小舟がある。用意された小舟に分乗して船に向かうと、船からはしごが降りて来た。
「このあたりはティノスの配下が目を光らせていないのか?」
揺れる小舟からグランの船に目を向けたキアラに、ツルバミは微笑んだ。
「ほら、今みたいにここは不意に濃い霧が現れる事で有名なんです。これは、実は我々の目くらましなんですが。これで川辺からは大変見づらくなっています」
「なるほど」
気がつけば向こう岸も、たった今自分たちのいた岸辺も、深い霧に沈んでいる。
キアラは苦笑した。
「もう、たいていのことでは驚かない自信ができた。余計な心配はやめて、アイサ様のお力になることだけを考えよう」
「そうして下さい。我々はこうやって大陸のあちこちで働いてはいますが、その数は少ない。私たちがあの方のためにできることは多くないのです」
ツルバミの顔からはいつもの微笑みが消えていた。




