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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅰ.闇の炎
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9.初めての船旅③(挿絵あり)

 アイサはルリと一緒に、シンはスオウとシャギルと三人で一部屋を使っているが、ビャクグンは一人部屋だった。船室に入ったビャクグンは、早速立派な衣装ダンスを覗き込んでいる。

「ねえ、ビャク。オスキュラって兄弟同士の戦いで滅びたはずじゃないの? セジュではそう教わったけど、実は地上が焼かれた後も残っていたのね」

 手持無沙汰になっていたアイサは言った。

「ああ、今のオスキュラのことね? 今のオスキュラと一千有余年昔に繁栄した()オスキュラは全く別のものよ」

「そうだったの」

 驚くアイサをちらりと見て、ビャクグンは上下揃いのズボンと上着をひっぱり出した。深い青で、大きな襟は白のレースになっている。それを吟味しながら、ビャクグンは続けた。

「ゲヘナを生み出した古オスキュラは、唯一対抗していたセジュの人々が地上を去ると、間もなく三人の王子が相争う時代を迎えた。結局、三人の王子たちは国土を分割し、それぞれがその地の王となったけど、王子たちの(いさか)いは止まず、王子たちの戦いは、大陸の各国を巻き込む大きな戦争に発展していった」

「ええ」

 アイサは頷いた。

「やがて、とうとう三人の王子が互いにゲヘナを使い、古オスキュラは自滅して……でも、その時には……大陸全土が焦土と化し、戦いに巻き込まれた国々も、もはや国として機能しなくなっていたというわ」

「セジュに伝わる歌の通りね」

「でしょ?」

「でも、その先は語られていないの」

「そうねえ」

 ビャクグンはきれいな羽の付いた帽子を引っ張り出してアイサの頭にのせて頷くと、話を続けた。

「見渡す限りのがれきの中で、人々は飢えや病と戦いながら細々と命をつないだけど、徐々に人々の記憶から、その輝かしい文明のことも、愚かな戦いのことも忘れられて……そんな中で、やっと土地が力を取り戻して、生き物の姿も見えるようになると、最初に回復の兆しが見えたのが南方だったの」

「南方? 今向かっているススルニュアの辺り?」

「そう。もちろん、以前の栄華とは比べようもなかったけど、海に出て安定した食料が手に入るようになると、彼らは小さな村を作り、その人口は徐々に増えていった。比較的被害が少なかった北方、東の海岸、西の山々でも人々は新しい暮らしを始めていて……彼らは少人数の集団を作り、少しでもましな食べ物と住処を求めて移動したようよ」

 ズボンと上着、それに帽子が揃うと、ビャクグンはちょっとしたブローチも見つくろっている。

「東の海岸ってクイヴルのファニかしら?」

「ファニも辺境だから、戦いの中心ではなかったでしょうね。戦いの中心は、かつてオスキュラのいくつもの都市がその繁栄を競っていた内陸部だったから。でも、さらに時が流れると、内陸部にも人が入り始めた。特に、内陸部の西の端、ゴヴァン山地は緑豊かなの。そのゴヴァン山地の南東には、大小の湖が点在していて、ゴヴァン山地から流れ出すラルグ川が広くその地を(うるお)しているわ。ゴヴァン山地を移動して暮らしていた人たちは、やがてラルグ川に頼って麦を育て、家畜を殖やして豊かな暮らしを送るようになった」

 ビャクグンは何着もあるドレスの中からグリーンのドレスを選んだ。抑えた色合いだが、細かい模様が織り込まれ、深みを出している。襟元は薄いグリーンとピンクの細かいレースだ。

「内陸にも町ができてきたのね」

 アイサが感心して言う。

「そう。だけど、人々が定住し、豊かな暮らしを始めると、その村々を襲う(やから)も現れるものよ。彼らは豊かなラルグ川周辺の地に目をつけ、その一帯に住む人々を支配した。やがて、その地にあったという(いにしえ)の強国オスキュラの伝説を耳にした彼らは、自分たちの支配する土地をオスキュラと呼び、その頭目は自らをオスキュラの王と名乗るようになったの。そして……長い時間を経て、この新しいオスキュラ国に比類のない戦上手が現れた。それが、現オスキュラ王ディアンケ。彼は新しくルテールという都を築き、その領土を広げ続けている。そのディアンケが、いつの頃からか、逆らう相手にちらつかせ、切り札として使うようになったのが、パシパの神殿から放たれる神の雷というわけ」

「ゲヘナ、ね?」

「そう」

 ビャクグンは立派な箱の蓋を開けて、アイサの物よりも一段ときれいな羽で飾られた縁の広い帽子を出した。

「神の雷……か」

 低くアイサが呟く。

「さあ、アイサ、こっちに来て。ちょっとだけ肩幅を付けて、それから着替えよ」

 ビャクグンは明るい声で言った。


 ゴッサマー号が錨を下ろす前に、シンとスオウは小舟に乗って一足先に港に向かった。

 ただし、実際に姿が見えるのはスオウひとりだ。

 シンはアイサのベールで姿を消している。シンは久しぶりに陸に降りると思うと緊張もしたが、港に働く人の姿が見えると自然に胸が弾んだ。

「スオウ、港で何をするの?」

 船着き場に着いた小舟をロープでつないでいるスオウにシンは聞いた。

「別にこれといって用事があるわけではないが……」

 スオウは答え、急ぐ様子もなく、ぶらぶらと港を歩き始める。

 同じクイヴル国でも、ファニとは家の造りも言葉の調子も違う港町を、シンは物珍しそうに眺めながらスオウの後に続いた。


 やがて、スオウは繁華街の通りに面した食堂に目を止めた。

 店は食事時を過ぎていたので空いている。

 スオウは外の様子がよく見える席に陣取り、注文を取りに来た店の主に酒を頼んだ。

「その土地を知るためには、何も飛び回るだけが能じゃない」

 姿を消したまま隣に座ったシンに、スオウは囁いた。

「気楽だなあ」

 そう言いながらも、シンも窓の外に目をやった。

 大きな港ではないが、活気がある。

 この辺になると、クイヴルの領土でもかなり南になるので、ススルニュアや点在する小国からの品が多く入ってくるようだ。

 気候もファニよりもずっと暖かく、日に焼けた南の人が多く見られた。

 南の人、特にススルニュア人は、一般に肌の色が濃く、主に茶色か黒の波打った髪をしている。

 体格は小柄だ。

 瞳は濃い茶、金、または黒が多い。

 入れ墨をしている者多く、赤や黄色やコバルトブルーといった、強い色彩の飾り紐や布を使った服装が特徴的だ。

 そして、ここでもやはりオスキュラ兵とクイヴル兵の姿が目に付いた。

「フィメルよりもさらに兵の数が多い……」

 シンは呟いた。

「ああ」

 スオウが答える。

「これからも気は抜けない、ということか」

 通りを眺めていたスオウはこの時、このシンの声にはっとした。

 そこには、いつ捕らえられ、命を奪われるともわからない者が持つはずの、恐れや不安が感じられなかったからだ。

 思えば出会ってからずっとそうだった。

 この少年は、いともあっさりと感情を殺す。

 それでも、その心の中にまっすぐなものを持っていることをスオウはもう理解していた。

「いつでもどこでも油断は禁物だが、この兵の多さはお前のせいじゃない。クイヴルのスマンス領主ガドがエモンに反旗を翻すつもりらしいとの噂がある。それを警戒してのことだろう」

「ガド様が?」

「ああ、王族の大部分が殺されたが、殺された王姉の息子が一人、行方をくらませている。確か、ナイアスという名だったな。それがガドのもとに身を寄せている可能性がある。ガドはナイアスが幼少の頃からの守役だ。オスキュラにも、エモンにとっても気がかりだろう」

 ガドやナイアスの名はシンも幾度か聞いたことがあった。

「ガド様がナイアス様をかくまっているとしたら、これからガド様はどうするつもりだろう?」

 貴族や領主たちのつながりや、力関係について、シンは全く(うと)かった。

「クイヴル各地で同志を(つの)る気だろう。陰で内乱を(あお)るかもしれない。ガドは殺されたウルス王の母親とは親戚関係にあたる古い家柄だ。かなり強引な人柄ではあるが、旧態然とした有力貴族たちを動かすすべを心得ている」

「スオウ……よく知っている」

 感心するシンにスオウは思わず笑った。

「このくらいは当然だろう? しかし、オスキュラは切り札として神の雷を持っている。それを向けられたら終わりだ。だから、ガドも慎重にならざるを得ない」

「神の雷か……」

 シンは再び通りに目を向けた。

 通りを行く人たちは、よそからやって来た兵士たちを避けるようにして道を開ける。

 揃いの軍服を身に着けているオスキュラ兵に対して、クイヴル兵はばらばらな軍服にかろうじて間に合わせのクイヴル国の紋章をつけていた。

「クイヴルの兵は落ち着きがない。なんだか……おどおどしているみたいだ」

 シンは言った。

「ああ、それは無理もないな。ここにいるクイヴル兵はガドの本拠地スマンスに駐屯しているエモン直属の軍に兵糧を運んでいる。だが、スマンスに限らず、この辺には親王派が残っている。下手をすると、同じクイヴル人に襲われる。仲間にやられるのは複雑な心境だろうし、緊張もするさ」

「クイヴル人同士が争う……そんなことをして、どうするんだ?」

 シンの声に苛立ちが滲む。

「戦いになればそんなことも言っていられなくなる」

 スオウは素っ気なく答え、酒を持って来た店の主に目をやった。

「お客さんは、どこから?」

 少し猫背で、髪に白いものが目立つ店の主は、テーブルに盆を置きながら聞いた。盆の上には地元の酒がなみなみと注がれた厚手の茶碗と、干した魚が()っている。

「俺はファニで仲間と船に乗ったんだ。あちこち回る旅芸人さ」

「そうですか。それにしても、ファニはたいしたことをしてくれたもんだ。これからクイヴルはどうなるんでしょうねえ……」

「ああ。俺たち旅芸人もやりづらくなったよ」

「そうでしょうねえ」

 主は相槌を打った。

「この港にもいろんな奴らが寄っているんだなあ」

 スオウが通りに目をやる。

「以前はこんなこともなかったんだが……今じゃ、どっちを見ても兵隊さんばかりだ」

 主は溜息をついた。

「なるほどな……ああ、そう言えば、このあたりには海賊が出ると聞いたんだが?」

 何気なく聞いたスオウに、主は安心させるように答えた。

「まあ、そうなんですが……やつら、この頃じゃあ、船を襲って荷を奪っても、命はとらないそうですよ」

「それは助かる」

 スオウは面白そうに笑って酒に口をつけた。

 スオウと主が話している間、シンは向かいの店を見ていた。初めは気づかなかったが、そこはどうやら賭場のようだった。店は流行っているらしく、頻繁に流れ者の傭兵や、威勢のいい漁師たちが出入りしている。

「スオウ、あのススルニュア人のような男は船乗りかな?」

 シンは向かいの店の前をぶらつく男が何となく気になって言った。

「船乗りのようにも見えるし、傭兵の口を探しているようにも見えるが……シン、他にも船乗りでも、地元の漁師でも、傭兵志願者でもない奴らがいるのがわかるか?」

「えっ……?」

 シンは、もう一度向かいの店の周りや、通りを行く人々に目を凝らした。

 スオウの言うように、通りには地元の漁師のような恰好をしているが、身のこなしが違う者たちがいる。

 目つきも油断がない。

 そうかと言って、どこかの傭兵でもなさそうだし、港のごろつきでもないようだ。

 そんな彼らに一瞬ではあるがスオウは鋭い視線を向けた。

「シン、行くぞ」

 スオウは立ち上がり、店を出た。


 途中、商店を覗き込んで品物を見たり、店主とちょっとした噂話をしたりしながら、スオウは姿を消したシンの先に立って船着き場へ向かった。

 船着き場にはいろいろな船が停泊している。

 兵を運ぶ輸送船や交易船、そして漁船。

 スオウはいくつかの漁船を眺め、その一つに近づくと、その漁船のそばでたばこを吹かしていた漁師に声をかけた。

「海は穏やかで、街は活気がある。いい港だ」

「そうだな」

 日に焼けた漁師は、胡散臭(うさんくさ)そうにスオウを見上げた。

「ところでこの季節はどんなものが捕れるんだろうな?」

 スオウは気にせず続けた。

「マナとかキュルだな」

 漁師が答える。

「そっちの船は魚を捕った様子もないみたいだが?」

「ああ、魚の取引はここよりもう少し南の、ブルの港の方がずっと盛んだ。あそこに寄って魚を売って来たんじゃないか?」

 漁師はそっとスオウを窺った。

「ブルはロラン公国の港だったな?」

 スオウは相変わらずのんびりと聞いた。

「ああ」

 漁師は立ち上がり、ふかしていた煙草を海に放り込んだ。

「どうした?」

 スオウは漁師を見た。

「今はロラン公国だが……あそこもじきにオスキュラの一部になっちまうさ。ここと同じにな」

 漁師は吐き捨てるように言った。

 皺の刻まれた顔に、怒りを宿(やど)した目。

「ここが? あんた、クイヴルがオスキュラの一部だって言うのか?」

 スオウは驚いたように漁師を見た。

「ああ、だってそうじゃないか? 見てみろよ。どこへ行ってもオスキュラ、オスキュラ、オスキュラの兵ばかり。オスキュラに睨まれたら、もう終わりなんだ」

「なるほど、まあ。その通りだな」

 スオウは漁師に相づちを打った。

「おや、ちょっと見物だな」

 不機嫌だった漁師はゴッサマー号から降りてくる客を見て、声を上げた。ベールの下で振り返ったシンも思わず見つめてしまった。

 それは、ビャクグンとアイサだった。

 ビャクグンは髪を結い上げ、高級な侍女に見える。アイサもビャクグンと同じ黒い髪をしているが、少年の格好をしていた。

 侍女に従うお供と言ったところだ。

「あんな美人見たことがないよ」

「ああ、そうだな」

 感心する漁師に、スオウは曖昧な笑みを浮かべて答えた。


 船着き場に下りたビャクグンとアイサは、人々の視線を集めながら待たせてあった馬車に乗り込んだ。

 ビャクグンが馬車に乗り込むときにスオウを見て、ちらっと微笑む。

「おお?」

 漁師は立ち上がり、口笛を吹いた。

「景気のいい船のようだ……じゃあな。いい旅を」

 漁師がスオウを振り返った。

「ああ、海の神のご加護があるように」

 スオウもこのあたりで使われる別れの言葉を漁師にかけ、漁師を見送った。漁師はビャクグンとアイサを(おろ)したゴッサマー号の船員の方にぶらぶらと歩いて行く。

「ビャクはどこへ行く気だろう?」

 シンが囁いた。

「馬車じゃ、遠出する気だな」

「港じゃなく?」

「俺にもわからん。それより、少しこの船を調べてみよう」

 スオウはあたりを窺うと、周りの目を盗んでさっき目にとめた漁船に忍び込んだ。続いてシンが堂々と乗り込む。何せ姿は消しているのだから楽なものだ。

 漁船には誰もいなかった。

 スオウは素早く船内を見回した。

「やはり魚を捕っている様子はない。交易船らしくもない。シン、何か荷は残ってないか?」

「これは何が入っているんだろう?」

 シンが目に付いた木箱を器用に開け、その中身を見たスオウは頷いた。

「思った通りだった」

「これ、火薬みたいだ」

「火薬だよ。海賊船が狙った船を足止めするのによく使われるものだ」

「海賊? じゃあ、あの店に出入りしていたよくわからない連中は……」

「ああ、この船の持ち主の仲間だろうな。そして、あの漁師もそうだ。だが、気になるな……海賊にしては……少し様子が違っていた」

 考える風のスオウに、シンは慎重に聞いた。

「様子って?」

「いや、いい。恐らくこれから狙う船を物色しに来たことには変わりないだろうからな」

「……それに選ばれなければいいけど」

「それは向こうの都合だからな。俺には何とも言えん」

 眉をひそめるシンにスオウは淡々と答えた。


 漁船を降りると、シンは繁華街の方を振り返った。

「シャギルとルリも港に降りたよね?」

「ああ、歌ったり、踊ったり、羽を伸ばしながらいろいろな話を聞き込んでくる。ついでに金まで稼いでくるという才能の持ち主達だ。まだ、しばらく遊んでくるだろう。だが、俺たちはそろそろ引き上げるとしよう」

 先ほどの漁師がまたぶらぶらと戻って来るのに目をやってスオウは言った。





           挿絵(By みてみん)


蒼山様に描いていただきましたルリとシャギルです。

蒼山様、どうもありがとうございました!!


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