1.バジーの谷⑨
「おい、見ろよ」
「どうした、バリ?」
ザインがバリの視線を追う。
なるほど、街道の明かりの動きが変わっていた。こちらに向かう二、三の明かりを通行人は避けているように見える。
「追っ手か?」
ラドゥスは声を落とした。
「殺気がない。迎えかも知れない」
アイサが言った。
「この付近に来て、急にティノスの兵の影響がなくなりました。このあたりには、こちらを襲おうという動きは見えません」
セキオウは頷いた。
「しかし、味方とは?」
ベレロポーンが言った。
「あれはグレンデル派の方々でしょう。それと、そろそろナッド殿のところの部隊も到着する頃かと」
セキオウはアイサを見た。
「ナッド? シンの指示なの?」
「はい」
セキオウは微笑んだ。
「シンったら、無茶をして」
「アイサ様ほどではないかと」
セキオウが答える。
「あの、ナッドとは……クイヴル南端のソル領主ナッド様か?」
ラドゥスが聞いた。
「そうだ」
セキオウが頷く。
「そのナッド様が一隊を送って下さると?」
ザインがアイサを見た。
「そのようね。どんな人が来るのかわからないけど」
アイサの返事にラドゥス、ザイン、バリ、ベレロポーンは顔を見合わせ、ほっとした笑みを浮かべた。
「では、俺は、まず、こっちへ向かう明かりがはたして味方かどうか、確認してきましょう」
こう言ってバリが行こうとしたときだった。
「待て、バリ」
ザインが言った。
「来たようね」
アイサが頷く。
林の中を探る気配がある。
十数人ほどだろうか。
暗い林の中を小さな明かりが一つ、二つ近づいて来た。
一行がその明りに向かってそれぞれの武器に手をかけて立ったところで、かさりと茂みが揺れ、明かりを持った男が姿を見せた。
「ペルブルス」
アイサが声を上げた。
「アイサ様。アイサ様の一行がパシパに向かっているという知らせが入っておりましたので」
「ありがとう。よく見つけてくれたわね」
アイサが微笑む。
「カロ村の周囲には気を配っていますから。それよりも、よくぞここまでいらしてくださいました」
ペルブルスと呼ばれた長身の男の声が弾んだ。
「アイサ様、この方は?」
ベレロポーンが槍を下ろしながら聞いた。
「安心して。これはペルブルス。グレンデルを守って一緒に旅をしていたパシの信徒よ。ペルブルス、ロリンはどうしてる?」
「ティノスに反対するパシパの僧侶たちと協力する道を探っています」
「そう、ロリンには会える?」
「もちろん。ロリンも首を長くしてアイサ様のことをお待ちしています」
皺の刻まれた顔に笑みをたたえてそう答えると、ペルブルスは後から現れた仲間を紹介した。アイサが親しく彼らと言葉を交わしている間、バリ、ザイン、ベレロポーン、そしてラドゥスは、彼らの持つ、その独特の鋭さに気づかないわけにはいかなかった。
(これがグレンデル派の武装集団か)
ラドゥスは身が引き締まった。
それはバリ、ザイン、ベレロポーンも同じだ。ペルブルスの後ろにいた者たちからもアイサと行動を共にする彼らを見て緊張しているのがわかる。
互いの技量を計るようなぴりぴりとした雰囲気の中、ふとアイサが視線を上げた。
「誰だ?」
ペルブルスの一声で、その場の空気が冷える。
「ふん、なかなかですね。そして、そちらがアイサ様ですか?」
闇の中で、ペルブルスの持つ明かりがアイサの前に立つ男の姿を照らしていた。不躾に向けられた男の視線に、アイサの視線がぶつかる。
「思った以上の方だったな」
ふっと息を吐き、ススルニュア人と見えるその男は呟いた。
猫のような身のこなしと、彫が深く整った顔立ち。
黒い瞳、緩く波打つ黒髪は一束に束ねられている。
鋭い目が明かりの中で輝いた。
「何者だ?」
バリ、ザイン、が剣を抜き、ベレロポーンは槍を握った。
ペルブルスとその仲間たちも身構え、剣に手をかける。
男はすっと前に出た。
「俺はカムシン。ナッド様の命により、ススルニュアからパシの信徒に扮した一部隊を率いて来た。これからアイサ様と共に行動させていただきたく……」
にやりと笑った顔がふてぶてしく、ラドゥスの第一印象は『気にくわない奴』だった。
「ススルニュアから、私たちに遅れて信徒がパシパに向かっていると聞いてはいたが。それはお前たちのことだったのか?」
ペルブルスが目を細める。
「そうかもな」
カムシンはペルブルスに注意を払いながらも、アイサから目を離さなかった。一方、アイサはすっかり緊張を解いていた。
「カムシン、ナッドとはどんな付き合いなの?」
「ススルニュアの港でナッド様に拾われました。それから主に海で……」
「海賊?」
アイサの言葉にカムシンは笑った。
「ほとんど堅気の商売ですよ」
「あなたもパシ教徒?」
「そこのところをお話しする義務はありませんね」
「それはそうね」
アイサは明るく笑ったが、他の者たちは収まらなかった。
いつの間にか、カムシンの後ろには数人の男たちが控え、不穏な空気が流れた。バリの指が動き、ペルブルスの持つ明かりが微かに揺れた。バリの指が弾いた小さな実がカムシンの喉元に飛ぶ。
「おっ」
カムシンはこれを躱し、実は木の幹に当たりカチッと音がした。
「礼儀知らずはお互い様のようだが……そういうのは、どうかと思うぜ?」
双方の間にあった不穏な空気が一気に険悪な空気へと変わった。
ペルブルスが眉間に皺を寄せ、ラドゥスは仲間とともにこの睨み合いに加わるべきか、傍観すべきか、はたまた止めるべきか考えた。
一方、アイサはすっかりこの流れに興味をなくしていた。
「ペルブルス、ロリンに会いたい。早く行きましょう。用が済んだらカムシンも仲間を連れていらっしゃいよ」
馬を連れに行ったアイサをペルブルスたちが追う。
「ちょっと待ってくれ。ちぇっ、あの人に俺の腕を見せるいい機会だったのにな」
拍子抜けしたカムシンは言った。
「バリ、お前、いたずらが過ぎるぞ?」
もともと穏和なベレロポーンがバリを小突く。
「セキオウがいないな」
ほっと息を吐いたザインが言った。
「あいつ、クルドゥリだかなんだか知らないが、勝手すぎないか?」
「それは構わんが、バリ、カムシン殿も消えたな」
ベレロポーンが目を見張る。
「カムシン殿か。上手くやっていけるといいが」
そう呟いてラドゥスはアイサたちを追った。




