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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅵ.荒れ地の竜
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7.再びパシパへ⑨

 モモカは出撃予定の部隊を動かしながら、親衛隊の隊長と打ち合わせをしていた。アイサは近くの岩に腰を下ろしてその様子を眺めた。

 荒れ地に所々生えているの灌木(かんぼく)がアイサの姿を隠す。

 モモカのぴんと伸びた背筋は見ていて気持ちがいい。

(あの時一瞬感じたモモカの心のざわつきは、しばらく陰をひそめることになるのだろう。まずは生き残らなくては意味がないことなのだ)

 ひとりの男がやって来てモモカに何事か告げた。

(ビャクの部下だ。敵の情報を伝えているのだろう。やはり、ビャクもモモカに任せる気だ)

 男がふとアイサのいる方を見た。

(さすがクルドゥリ)

 アイサの顔にほんのりと笑みが浮かぶ。

 モモカもアイサに気づいた。

(もともと隠れていたわけではないのだから)

 アイサは立ち上がり、モモカに近づいた。

「いつからそこに?」

 モモカはアイサに見られていることに気づかなかった自分に腹を立てているようだったが、アイサは屈託(くったく)なく答えた。

「この人が来る少し前から」

 クルドゥリの男が苦笑する。

「その間ずっとあなたに気づかなかったというわけか。どうしたらそんな風になれる?」

「私は別に隠れていたわけではないわ。あなたたちが熱心に話していたから気づかなかったのよ」

「隙だらけ、ということか。だが、それだけでは納得がいかん。前から思っていた。あなたには特別な力があるのか?」

 モモカは腕を組んでアイサを見つめた。

「さあ……私が気配に敏感なのは神殿にいたせいかしら?」

 アイサは正直に答えたが、モモカは相変わらず厳しい顔をしている。

「モモカ、私に手伝えることは?」

 今度はアイサが聞いた。

「ない」

 モモカの返事は(いさぎよ)かった。

「いや、イムダルを頼む。私に、もしものことがあった場合だが」

 一瞬そらした視線をアイサに戻し、それからモモカは微笑んだ。

「いや、やはり今のは、なし、だ。余計なことを言った。最初の一勝は私がもらうぞ」

 モモカはイムダルがアイサを自分の寵姫と呼ばせたことも、自分のほかに女を(めと)ることになると言ったことも受け入れている。 

 わずかな風にも波立つ心を持ちながら、その(おもて)は鏡のように()いでいる。今のモモカの心持ちを感じ、それからアイサはそのふっくらとした唇に目を止めた。

 その唇から優しい息が漏れる。

「イムダル」

 モモカの視線の先に、こちらにやって来るイムダルが見えた。

「余計なお世話だったようね」

 アイサはその場を離れた。


 当てもなく荒れ地を歩いて、アイサはあたりを眺めた。

 風が吹けば土煙が立つ。

 灌木が風を受け、揺れた。

 アイサはそこここにある乾いた泥の岩に触れた。

 指を立てると、簡単に崩れる。

 アイサは崩れた泥のかけらを遠くに放った。

 何度も、何度も指で泥を崩し、放る。

「アイサ」

 シンがやって来た。

「モモカのところへ行ってたの?」

 アイサは黙って頷いた。

「それで、こんな所で何やってるの?」

 アイサは小さく溜息をついた。

「私はモモカに手伝えることがないか聞きに行ったの。モモカはないと言った。それからイムダルがモモカのところにやって来て……あんなに嬉しそうなモモカを見たことがなかった。私は霧の谷を出るとき、モモカの激しい思念を感じたのよ。それは歓びと不安に揺れていた……人の心は弱いのか、強いのか……」

 アイサは二人のいた方向を見た。

「イムダル殿はあれほどの人だ。それがわかっていて、モモカはイムダル殿が好きなんだ。結局、モモカにとってはどんな不安より、イムダル殿に対する気持ちの方が強かったんだろう? 大丈夫だよ。モモカはしっかりしている。イムダル殿だって、モモカにひどいことはしないだろう。何よりも二人の問題なんだから」

「私にはわからないことが多いわ」

「アイサは単純だからなあ」

 シンはアイサの傷ついた手を取った。

「こっちが痛いよ」

 シンは呟いてアイサを見た。

 その瞳はいつになく緊張している。

 アイサははっとした。

「シン、何かあったのね?」

「ああ、君は単純だけど、(だま)せない。言いたくないけど、言うよ。知らせが入った。ティノスのやり方に抗議するため、ロリンがススルニュアのグレンデル派を率いてパシパに向かっている。ロリンは今ではグレンデル派の(かなめ)だ。そうなると、クイヴルやマツラ、その他グレンデル殿と(ゆかり)のある信徒も動く可能性が強い。実際、思っていたより早かったな」

「そう……シン、教えてくれてありがとう。私、パシパに行かなくては」

「行ってどうする気だい?」

「わからないわ、まだ、何も」

 きつく自分の手を握るシンにアイサはそう答えるしかなかった。


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