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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅵ.荒れ地の竜
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7.再びパシパへ⑥

 ティノスはなかなか席を立たなかった。

 セキオウはヴォダンを見送り、ティノスが動くのを待った。

「ティノス様?」

 ヴォダンが部屋を出たというのに姿を現さないティノスを心配したお付きの僧が部屋に入った。ティノスは会見が終わったままの姿勢で椅子に座っている。

「ティノス様、どうかなさいましたか?」

 僧が駆け寄る。

 ティノスは一言も発しなかった。

「ティノス様、お薬を。ティノス様?」

 お付きの僧は薬の入ったグラスを差し出した。

 ティノスは何とか薬を飲み干し、それから、ゆっくりと聞いた。

「ヴォダンは……屋敷を出たか?」

 その声にはヴォダンとの会見の時に見せた力はない。

「はい。お急ぎのようでした」

 ティノスの様子を気遣いながら、お付きの僧は答えた。

「戦況を考えれば、無理もない。リュト王子は、あのイムダル王子に思いの(ほか)苦戦している。リュト王子としては、信じられないといったところだろう。イムダル王子には、クイヴル王とあの娘、そして、クルドゥリがついていると言っていたが」

「どこまでも大主教様のお邪魔を……ですが、王不在のクイヴルには現在不穏な動きが見られると……再び国が乱れる兆候があるとの報告が入っています」

「それは面白い。だが、今はオスキュラの後継者争いが先だ。リュト王子がここまで私を頼るのも、一つには思ったほどにはススルニュアやドラト王子についていた貴族たちを動かしきれないからなのかも知れん」

「しかし、今やルテールの主となられたリュト王子に従わないなど、できるでしょうか? 亡くなられたドラト様の奥方ヴァイオラ姫のご実家、名門オウミ家でさえ、今はあのヴォダン様に押さえられていると聞いております」

「ああ。あのヴォダンという貴族、歳に似合わずしたたかだ。リュト王子にヴォダン、あの二人はドラト王子より数段上だった。しかし、ここでイムダル王子が出て来た。(てい)よく荒れ地に追いやられた王族のはしくれと思っていたが……もっと警戒しておくべきだった。どんなに腑抜(ふぬ)けでも、オスキュラの王子であることには変わりはない。いや、腑抜けであるからこそ、クイヴル王につけ込まれたのか……」

「本当に……その……腑抜けだったのでしょうか?」

「わからぬ。だが、今となっては、我々も後へは引けないのだ。あちらにあの悪魔の娘とクイヴル王がついている限りな。リュト王子が苦戦するとは思いもよらなかったが、そうであるならば、私はこの状況を最大限に利用してやる。リュト王子め、援軍欲しさに、とうとう南西の街道の実権を我らに譲った。もともと我がパシ教の勢力下にあった場所だがな」

「ですが、ススルニュアともつながる南西街道は、今、ティノス様に楯突(たてつ)いたグレンデル派の力が強くなっています」

 ティノスに心酔(しんすい)し、ティノスの付き添いをしている僧は不満顔で言ったが、ティノスはこれを鼻で笑った。

「グレンデルは死んだ。グレンデルがいなければ、奴らは烏合(うごう)(しゅう)に過ぎん。目障(めざわ)りな者があれば粛清(しゅくせい)していく」

 頷くお付きの僧に、ティノスは続けた。

「南西街道を押さえるということは、王都の喉元(のどもと)を押さえたということなのだ。今回リュト王子のために我がパシパは援軍を送り、ルテールに対する発言権を強める。そして、これを機に兵力を(たくわ)える。ルテールに文句は言えまい」

「はい」

「それと、もう一つ……」

 ティノスは冷たい笑みを浮かべた。

「やっと正式に話がついたのだ。前々から準備していた部隊を街道に投入しろ」

「敵の情報網を寸断するのですね?」

「そうだ。もう、小細工はさせん」

 咳き込んだティノスが荒い息をする。

(連日の旅や、教団内の反対派を牽制(けんせい)するため、お疲れなのだ。最近は、特にお顔の色が悪い)

 お付きの僧はティノスの様態を窺った。

 その気がかりそうな表情に目を止め、ティノスは言った。

「私の体のことでくだらない心配はするな。これは力の火の洗礼を受け、その力を得た私が払うべき代償なのだ。そのおかげでパシ教はここまで力をつけた。安いものだ」

(共にあの火を見つけられた方々は、皆、既に亡くなられている。パシ教徒をここまで率いてきたのは、この方の強靱(きょうじん)な意志の力なのだ)

「そうおっしゃられても……ティノス様は我々の尊い導き手なのですから、何としても……」

 お付きの僧の言葉はドアのノック音で(さえぎ)られた。

「何事だ?」

 付き添いの僧がドアをわずかに開く。

「ティノス様にご報告が」

「入れ」

 ティノスがしゃがれた声で言った。

 ティノスの前に控えたのはティノスの(めい)に従って各地を巡る僧だ。

 今、その者の表情が硬い。

「どうした?」

 ティノスはその男に鋭い視線を向けた。

「ティノス様、火祭りに加わるためという名目でススルニュアからパシパに向かっている信徒たちは、グレンデル派の者たちです。その数は、旅の途中で次第に膨れ上がり、今では二千ほどにもなっています。そして、それを聞きつけたグレンデルを慕う信徒が、各地からパシパに向かっています」

「グレンデルめ、死してなお、私の邪魔をするか。パシパには私に反対する勢力がある。その者たちと組めば、面倒なことになる」

「ティノス様のいらっしゃらない間につけ込むつもりでしょうか?」

 付き添いの僧がティノスを見た。

「イムダル王子が予想外に勝ち進んでいることで、パシパも動揺しています」

 現れた僧も言った。

「パシパを奴らの思うようにはさせん」

 ティノスはきっぱりと言った。

 その言葉に報告に来た僧は力を得た。

「その通りでございます。目下、ティノス様の直属部隊がパシパの警備に当たっています。パシパを乱す奴らに勝手な行動はさせていません」

「私はパシパに戻る。パシパを確固たるものにしなくてはならん。お前は各地を回り、さらに兵を募れ。リュト王子の援軍とは別に、パシパの危機だと言ってなるべく多くの兵を集め、それをパシパに送るのだ。予定より早いが、彼らを使ってグレンデルを慕う奴らを粛清する。それと……バジーの谷の方を始末しておけ」

 報告に来た僧は顔を上げ、ティノスを見た。

「パシパの炎に晒されて生き残った者らに余計なことを言われては、こちらに分が悪い。グレンデル派を勢いづかせるだけだ」

「はっ」

 旅の僧が部屋を出た。


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