8.ティノスの野望②
長い階段を下りきった先に、大きくて立派な扉があった。
その扉がまたひとりでに開く。
暗さに慣れた修行者たちは思わず目に手をかざした。そこは昼間のように明るかったのだ。
互いの顔を窺い、彼らは恐る恐る扉の先へと進む。
しかし、やはり誰もいない。
時折ぶーんという小さな音がするだけだ。
「この音は?」
「ここの装置を動かしている音らしいが……」
「あれは何だろう?」
時に青白く、時にオレンジや赤の炎を揺らめかせ、踊るように輝いている炎を一人が指差した。その炎は楕円形の、見上げるばかりの大きな透明のケースの中に入っている。
そのケースからは透明の細い筒が伸びていた。
そして、近づけばその台座には、やはりあの火を噴く竜の紋章。
彼らは好奇心に引きずられ、さらに建物の奥へと進む。
近くの壁に触れた一人が立ち止まった。この地下の建物は木や石からできているのではなく、彼らが今までに見たこともないような光り輝く金属でできていたのだ。
「おい、来てくれ」
「こっちも見てみろ」
奥の部屋には、水晶に似た石が棚にびっしりと並べられていた。また、別の部屋からは、文字が記された紙切れがたくさん見つかったが、どれもぼろぼろで読めるようなものではなかった。
「これは何だろう?」
紙切れをひっくり返していた修行者が、机の上に透明のケースに目を止めた。
その中には一枚のメモと書物があった。
ケースから取り出して手に取ると、こちらの書物は格段に保存状態が良い。表紙の上に置かれたメモの文字を見れば、それは入口に彫られたものと同じものと思われたが、一部は損なわれ、その上、急いで書かれたものらしく、ずいぶん乱れていた。
入口に彫られた文字を読んだ修行者が覗き込み、読み上げる。
『炎を覆うケースは、まだ未完成なのだ。だが、この戦いに勝つためには、どうしても圧倒的な力を持つ武器が必要だ……この炎を封じ込めることのできる知識が失われたことが悔やまれる』
誰もが驚愕した。
修行者たちが互いの顔を見る。
「おい、ということは……」
「どういうことだ?」
「この建物は……あの古の時代、世界が戦いで破壊し尽くされた時代のものだということか?」
「ありうる」
読み上げた修行者の手は震えていた。
「私も……話としては聞いたことがあるが……」
別の修行者が言うと、何人かが頷く。
「それはどんな話だったのだ?」
呆然とする仲間に、言い伝えに詳しくない修行者が聞いた。
「それは……場所によって伝わっている話はいろいろだが……遙か昔、人は自由に空を飛ぶこともできたそうだ。人は飢えることもなく、豊かな暮らしをしていた。だが、そんな夢のような世界も激しい戦いの末に滅んだという」
「滅んだ?」
「ああ、無敵の火によって焼き払われたのだと」
「まさか……」
「そんなことが信じられるものか」
「しかし……では、これは何だというのだ?」
「ゲヘナ、とあった……これがあのゲヘナなのか?」
「ゲヘナだと?」
「実際に存在したとは」
「大変なことになったぞ」
「もし、そうなら……これをどうする?」
全員が黙り込んだ。
メモを読み上げた修行者がケースにあった書物を取り上げた。
「ずいぶん傷んでいる。これは書物ではあるだろうが……我々のものと材質が違うな……ああ、これにこの装置の動かし方が書いてあるようだ」
「動かし方?」
「読めるか?」
「少しずつ、なら」
「まだ、何かあるかもしれん」
「そうだな。調べることが先だ」
彼らは夢中になって建物の内部を探り続けた。やがて、炎を見下ろす位置に小さな部屋があることに気が付いた。その窓には、あのケースと同じ透明な素材が使ってあって、火がよく見えるようになっている。彼らの中に古代語を解する者は二人いた。書物のページをめくっていた二人がこの部屋の記述を見つけた。
「これですね」
「コントロールルーム……だと?」
その書物によると、ゲヘナは放射されるとき大量のエネルギーが必要となるが、この施設全体がエネルギーを蓄え、ゲヘナを発射する装置だという。更に、この場所が特定され、攻撃を受けるのを避けるため、この施設を移動させるよう設定しておくことが必要だというのだ。彼らは自分たちの推測が間違ったものではないと知った。
ゲヘナを造った国は滅び、長い間忘れ去られていたが、この施設は人知れず動いていた。かつて、何者かの手によって自動で設定された通りに。外の建物はとうに廃墟となり、崩れ落ちているというのに……
「この、ゲヘナを放つ装置は……今も使えるのだろうか?」
修行者たちはしばらく押し黙っていたが、やがて一人が言った。これは言った者さえ、身震いするような問いだ。
「それは、どうだろうか?」
「信じられないくらい昔のものだぞ?」
「ああ、しかし……今もまだ、ここはこうして動いている」
「ゲヘナの火は、その前に立ちはだかる全てのものを焼き払うと……ここにあるが」
メモを読んだ修行者が一行を見渡す。
「まるで神の雷はのようだ」
「もし、使えるとしたら、我々は恐ろしいものを手に入れたことになる」
「我々の、パシ教の力となるものかもしれません」
夢中で書物を読んでいた若い修行者が言った。
「しかし、恐ろしいものだぞ?」
「とにかく……いったんここを出て、これからのことを考えるとしよう」
「すばらしい発見であることには間違いない」
「ああ、そうだ」
「その通りだ」
興奮し、有頂天になりながら修行者たちは集落へ急いだ。が、それだけでは済まなかった。
彼らは一様に途中で身体の不調を感じ、吐き気やめまい、頭痛がし、中には血を吐いた者も出たのだ。
一行の身を案じて待っていた集落の住人は、言い伝えは本当であったのだと、すべてが悪魔の仕業だと確信し、恐れた。
数日後。
二名の修行者が命を落とした。が、他の五名は床を離れることができた。手厚い看護のおかげだと生き残った者たちは村人たちに深く感謝をし、それから失った仲間を丁重に葬ると、彼らは自分たちが寝泊まりしていた家に戻った。まだ本調子ではないため、食事は村の者が運んでくれるという。それぞれがテーブルに着けば、話は自然とあの廃墟とゲヘナのことになる。
「あの走り書きを残した人物はケースが未完成だと言っていたな?」
「ああ、仲間を失ったのも、私たちが病にかかったのも、あの炎のせいだろう」
「あの廃墟に近づくには、かなりの犠牲を覚悟しないと」
聞き手たちが頷く。そのことに疑いの余地はない。その犠牲とは、時に人の命を奪うものだ。だが、一方で夢のような科学技術と他を圧倒する力には抗い難い魅力がある。
「このままにしておけば、やがて誰かがあの施設を手に入れるのは間違いない」
「ゲヘナを、か?」
「恐ろしいことだ」
「早急に正しい手を打つ必要がある」
「そうだ。あのままという訳には行かないことは確かだ」
「しかし、この大発見をいったいどうすればいいのだ?」
途方に暮れてこう言った者の後に、一人が立ち上がった。
「この国の王に協力させましょう。残された書物を読み解き、彷徨う廃墟の場所を一カ所に定め、そこに神殿を築きましょう。それを背後に置いて、我々の都を築かせ、パシの信仰の拠点とするのです」
彼は持ち帰った書物に大変な興味を見せていた。修行者たちの中では最も若かったが、古い言語の解読や古典の知識、教典の理解などで目を見張るものがあった。
「しかし……オスキュラ王ディアンケは大変な戦上手と聞く。手を組む相手としては危険ではないか?」
この意見に何人かが頷いた。
「我々がさらに信者を集め、パシ教の国を造るには今はまだ力が足りません。それまではゲヘナを操る力をもって王に協力し、各地に教会を造る許可を得、同志を増やすのです」
「パシの国か。それは理想の国となるだろうが……」
「だが、あの炎は人に病を起こさせる。近づくのは危険だぞ?」
「では、誰かがゲヘナを手にするのを黙って待つのですか?」
若い層は続けた。
「しかし……」
「あれは既に見つかってしまった。もう後戻りはできません。ならば、我々が持つのが一番いい」
「しかし、それでは……」
「あれを利用するためには、多少の犠牲は仕方がない。そうではありませんか? もし、あれが本当にゲヘナなら、オスキュラ王は喜んで我々に協力するでしょう。これは自分の利益のためではない。パシの偉大な一歩を踏み出すためです」
熱を帯びて皆を説得するパシ教の若い修行者……この修行者こそ、後にパシ教の都パシパに君臨し、オスキュラの宗教を牛耳ることとなるティノスだった。




