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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅵ.荒れ地の竜
417/533

6.竜の根城⑧

 幾人もの、(みやび)な衣を着た人たちが、思い思いに泥に覆われた土地を歩いていた。

 その足取りは泥の上を滑るようだ。

 彼らは歌を口ずさみ、まるで遊んでいるようにも見える。

(泥を……大地を鎮めている)

「あの」

 アイサは不思議な人たちの一人に声をかけた。

「ここから、こう、そして、それから、こう」

 その子どものような男は、アイサが何か聞く前に泥の地面に図形を描くように歩いた。

「ありがとうございます」

 アイサは礼を言い、見渡す限り何もないと見えた泥の上を男が歩いたように歩いた。

「あっ」

 いきなり景色が変わった。

 目の前には暗い目をして悲しみにくれる人々の群れ。

 彼らの目がゆっくりとアイサに向けられる。さらにその先に横たわっているのは亡くなった人々。涙を流し、彼らに取りすがる人々の姿も見える。

 アイサは泣きながら目を()ました。


(夢、だったのだろうか? だけど、何だろう、この感じ……)

 アイサは遠くから聞こえる、熱を帯びたざわめきに耳を傾けた。部屋に置かれた(ほの)かな明かりがベッド(わき)の椅子に座るカゲートを照らしている。

(ここは、霧の谷の館だ)

 横になったまま、アイサは花や鳥の絵が描かれた美しい天井を見つめた。

(私は怪我を負ったのだ。シンに助けられて……あれから……グレンデルが死んでから、どれだけ時がたったのだろう? 傷の痛みも引いて体力が戻っているところを見ると既に数日が経っているのか? 薬のせいで、ぼんやりと時間を過ごしてしまったらしい)

 部屋に差し込む月の光が明るかった。

(グレンデルが死んだ。私はグレンデルにその思いを託された。いつまでもうずくまっているわけにはいかない)

 アイサは身体を動かしてみた。

「アイサ? 目が覚めましたか?」

 カゲートが声をかけた。

「はい、お世話になりました。私はどれだけ眠っていましたか? それに、この感じは……いったい、何があったのです? 夜中だというのに、お祭り騒ぎで」

「どんな感じがしますか?」

 カゲートは注意深く聞いた。

「谷中の空気がざらざらしています。とても、嫌な感じ」

 アイサは答え、カゲートは頷いた。

「谷の人たちは喜んでいるのですよ。谷の東側からこの谷を狙っていた十万の兵がリマ川の濁流(だくりゅう)にのまれたのですから」

「十万の兵が? リマ川の濁流にのまれたですって?」

「ええ。イムダル様がセツ湖の水を流したのです。ひどい雨も(わざわ)いして、ルテール軍の多くの兵が傷つき、命を落とした」

「いつのことです?」

「今日の、昼間のことですよ」

 アイサの脳裏に先ほど夢で見た人々の姿が浮かんだ。

 カゲートは続けた。

「それでこの谷は救われ、私たちもこうしていられるわけです。私はイムダル様に、もし敵が攻めてくるようであれば、谷の民をバラホアへとお誘いした。イムダル様はそれを断りました。その心配は要らないと。こういうことだったのですね」

 二人はしばらく外から聞こえる甲高(かんだか)い声や、雑踏の音を聞いていた。

 アイサはゆっくりと起き上がり、窓から外を眺めた。

 その足が震える。

 さっき夢で見た情景が頭に浮かんで、膝に力を入れていなければ体が崩れてしまいそうだ。

 カゲートも窓辺に並んだ。

 アイサはカゲートの心が絶望に近いまでに暗く、(よど)んでいるのを感じた。

「真夜中だというのに、まだ明かりがともっている」

 アイサは館に煌々(こうこう)と灯る明かりを見て呟いた。

「イムダル様の許可を得ました。夜が明けたら東門の外で、生き残った者の手当を始めます。ユタやナツメたちがその準備をしています。ですが、とても手が足りません。これが……まだ初戦に過ぎないなどと……」

 カゲートの声には憂鬱(ゆううつ)と落胆が(にじ)んでいた。


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