6.竜の根城②
城で一番の年寄りマーソンはイムダルとの付き合いが長い。
あまりに一国の王子という感じがしないのでマーソンですらついつい忘れてしまうが、普段ほとんど覇気を見せないイムダルは、実は、徹底した人物である。
それはマーソンが初めてイムダルと出会ったときのことだ。
王都ルテールで暮らしていたオスキュラの第三王子イムダルは、父親から荒れ地の領地をもらい、そこに下ろうとしていた。
当時、イムダル王子が二つ返事で、ただ広いだけで何もない荒れ地行きを受けたという話は、ルテール中で話題になっていた。
そのイムダル王子が直々にマーソンに会いに来た。
王都の橋造りをいくつか担当したことがある程度の自分を、荒れ地に連れて行きたいと言う。
「なぜ、私などを……」
マーソンは面食らった。
イムダル王子は部屋にあったマーソンが気の向くままに作った様々な模型を興味深そうに眺めていたが、その時の一言が今でも忘れられない。
『こんな都の仕事より、何十倍もおもしろい仕事をさせてやる』
たかだか七、八歳の愚鈍そうに見える子どもの言葉だ。
(その言葉に引きずられてここまで来た)
マーソンはその顔に笑みを浮かべた。
「イムダル様、セツ湖の水門を開きましょう。満々と溜めたその水を、合図があり次第リマ川に流して川を氾濫させます」
「なるほど、水攻めか。場所は谷の東、場所はぴったりだが……でも、それでどのくらいの効果があるんだ?」
シャギルが聞いた。
「いや、やったことがないのでわからん。しかし、火薬に対して水は有効だろう? それに、この時期に降る雨があるのだ」
「天頼みかよ?」
シャギルが苦笑した。
「天頼みも、どうして馬鹿にはできんと思っているのだが。谷の年寄りが時を計ってくれる。兄上の軍が到着する時と天候ををうまく合わせねばならん。クルドゥリの方々に動いてもらわねば」
ビャクグンが頷き、イムダルが頭をかいた。
「すまんが、よろしくお願いする」
「そちらは任せてくれ」
スオウが言うと、シャギルも答えた。
「どんぴしゃり、雨の降る日まで奴らを足止めしてやるよ」
「しかし……この地を豊かにするために造った湖をこんなふうに使うことになるとはな」
「イムダル様」
「マーソン、すまんな。責は私が負う。私は自分の預かったものを守りたい」
「あなたの言葉に嘘はない。あなたはいつでもその言葉通りのお人だった」
マーソンは頷いた。もとよりマーソンの覚悟は決まっていた。
部屋に戻って一人になったシンはソファーの上に身を伸ばした。
ナハシュの赤い目が光る。
『イムダルならば、迷わずティノスも、その信者も殺すだろう。そして、必要とあらば、あいつはグレンデル派であっても粛清するだろう。それがイムダルだ。シン、あいつのすることはな、理にかなっている。お前だって、あいつの言いたいことはわかるはずだ。それに……あの時、お前が死んでいくグレンデルの声に耳を貸さなければ、お前さえうんと言えば、俺があの場でティノスを八つ裂きにしてやったのだ。俺だったら、誰が邪魔立てしようと、奴を逃がすことはない』
ナハシュは不満げだった。
『グレンデル殿が止めなければ、か』
シンは押さえていた自分の気持ちをはっきりと言われて苦笑した。
『お前の言う通りだよ、ナハシュ。だけど、グレンデル殿はティノスを許せと言った。アイサはグレンデル殿の意を汲んで思いとどまった。そのティノスを僕が殺すことをアイサは望まない』
『面倒なことだ。アイサはお前の、ひいては俺の、枷だな』
『そうかもしれない。だけど、ナハシュ、お前のような大きな力には枷が必要だ』
『そんなことを言っているうちに、取り返しのつかないことになっても知らないぞ? 今の状況を見てみろ。次にティノスと戦うとき、アイサが無事とは到底思えん。それに、あのイムダルという奴、この先、アイサとぶつかることになるかも知れないな』
『それも……わかる』
シンも、ナハシュも、黙り込んだ。




