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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅰ.闇の炎
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8.ティノスの野望①

 パシ教の大主教ティノスは布教先で体調を崩していた。

「ティノス様、お加減はいかがでございますか?」

 寝台に身を起こしたティノスに、お付きの僧が薬を飲ませ、尋ねた。相変わらずティノスの顔色は悪い。

 僧の顔が曇った。

「お体を労わっていただかないと。しばらくはパシパから離れた地での布教はおやめ下さい。ティノス様にお会いしたいのなら、パシパを訪れればよいのです」

「そういうわけにもいかないだろう。私はパシ教の国を造りたい。そのためにはどんな苦労も(いと)わない」

 ティノスはきっぱりと言った。

「確かに大主教様自らが各地をお回りになれば、それだけで信徒は喜びましょうが……」

 付き添いの僧はゲヘナを手に入れた代償として、すっかり弱くなったティノスの痩せた体に目をやった。


 今や大陸全土にその広がりを見せるパシ教の教義の中心は、自己の修練と人々に対する奉仕である。そのせいか、学問を修めた者や、時間に余裕のある裕福層の一部に受け入れられるのみで、長く一般に広まることはなかった。その教えが、今や急速に広がり、信徒の数は増え続けている。

 そのきっかけとなった出来事は、二十年ほど前、修行のために大陸中央部の荒れ地を旅していたパシ教の修行者たちに、土地の男が奇妙な話をしたことから始まった。


「お前さんたち、これから先はくれぐれも気を付けて行った方がいい。この荒れ地の真ん中では、何の前触れもなく地響きが聞こえてくることがあるんだ。そんな時は、みんな家の中に隠れて息をひそめている。あんたたちも、間違っても何が起きているか確かめようなんて思っちゃいけないよ」

 この男はこのあたりでは見かけない風変わりな旅人たちの身を心配して言ったのだが、パシの修行者たちはこの話を聞いても恐れる様子もなく、むしろ一様に興味を持った。

「今までその音の正体を確かようとした人はいなかったのですか?」

 七人からなる旅の一行のひとりが聞いた。

「そりゃあ、いたさ。大昔には、な。だが、確かめに行った者は、みんな恐ろしい病にかかった。命を落とした者もいたという。だから、俺達はあの音がするときは決して外に出ない。まして、その正体を確かめようという者もいない。何せ、あの地響きは悪魔があの世とこの世の間の扉を開くせいだと言うんだからな」

 男は力を込めた。

「あの世とこの世の間の扉を開く?」

「ああ、あの地響きがした後には、あるはずもない建物が現れることがあるという……崩れ落ちた大きな廃墟のようなものだそうだ」

「そんなものが忽然と姿を現すのか?」

「それにしても、悪魔とは……」

「病にかかるというのは、本当のことなのか?」

 話を聞いたパシの修行者たちは口々に言って首をかしげた。

「全部本当の話だよ。とにかく地響きがしたあたりには決して近づかないことだ」

 男は念を押した。

 修行者の一行は男に感謝して別れたが、彼らは初めから悪魔など信じていなかった。迷信とは無知のなせる技だと理解していたからだ。

 人々の迷信を取り除き、不思議な病の謎を解くことができれば、それは人々に対する立派な奉仕と言える。

 もともと彼らの旅は当てのない修行の旅だった。

 この荒れ地にやって来たのも偶然だ。が、この時、一行に旅の目的ができた。彼らは荒れ地に発生する不思議な地響きの謎を解くことにしたのだ。


 彼らは意気揚々と旅を続けた。

 だが、どこまで行っても土地の男が言っていたような地響きは起こらない。広い荒れ地を闇雲(やみくも)彷徨(さまよ)えば、悪魔の仕業(しわざ)だというその地響きの地にたどり着く前に行き倒れてしまう。

 そこで彼らはその地響きの起こる場所の目星を付けるために、ひとまず腰を()えることにした。


 一行は近くにポン川という大河が流れる小さな集落に落ち着いた。荒れ地とはいえ、緑が点在する静かなところだ。

 彼らはそこで集落の住人から更に情報を集めた。

 やがて彼らはその地響きの聞こえてくる地点が数カ所に限られていること、そして、そのうちの一つがこの村に近いことを知った。

 彼らはそこに狙いを絞って待つことにした。

 旅そのものが修行の一環だった彼らには、時間はたっぷりある。パシの修行者たちは村の人たちに読み書きを教えたり、簡単な医療活動をしたりしながら気長に待った。


 ある夕暮れ時のことだ。彼らはついに待ちに待った地響きを聞いた。村人が止めるのも聞かず、彼らは音のする方へ急ぐ。

 そして……しばらく走り続けたその足が我知らず止まった。

 息を飲んで見つめる彼らの前には見たこともない巨大な遺跡が(そび)えていたのだ。 

「おかしいな、ここは何度も通りかかった場所だぞ?」

「こんな遺跡があれば、気づかなかったはずがないのだが……」

「突然現れた、ということか? つまり、あの男の話は、何かのたとえではなかったのだな」

「土地の者が言っていたことは誇張ではなかった」

 一行はあっけにとられて目の前に現れた巨大な廃墟を見つめた。しかし、恐ろしいようなことは何事も起こらない。

 彼らは互いに顔を見合わせ、恐る恐る廃墟に近づいた。


「これはいつ崩れかかっていた。

 円柱の柱や骨格だけの天蓋(てんがい)……もとは、どうやら巨大なドーム型をしていたらしいが、今では見る影もない。

「確かに、崩れた建物がどこからともなく現れるなど、尋常(じんじょう)ではあり得ないが……どこが悪魔なんだ?」

 あたりには悪魔はおろか、生き物の気配もない。

「待て、ここに何か彫られているぞ?」

 一人が建物の床に火を噴く竜の紋章を見つけ、もっとよく見ようと積もった砂をどかした。

「何だ?」

 仲間が覗き込む。

「古代の文字だ。われ、汝とともに生きん、と読むのかな?」

 古い文献に詳しい修行者が読み上げると、そのとたん床の一部がするすると動き出し、彼らの目の前にぽっかりと穴があいた。その先には地下への階段が見える。

「うわあ」

 一行は一斉に後ろに引いた。が、何事も起こらない。

「どうする?」

 一人が言った。

「どうする、とは? 我々はこの時を待っていたのではないか」

「何があるのか、確かめなくてはならん」

 一行は頷き合い、地下へと降り始めた。


 全員が地下へ入ると、ひとりでに入り口が閉じられた。

「しまった」

「閉じこめられたのか?」

 さすがにパシの修行者たちも青ざめた。

「土地の者が悪魔と恐れてきたのだ。迂闊(うかつ)に近づくべきではなかったのかも知れない」

「何を言っている? 我々の義務を忘れたのか?」

「言い争っている場合ではないだろう?」

「その通りだ。誰もいないように見えるが、明かりが灯っているぞ?」

 言われてみれば……入口が閉じられ、真っ暗なはずの階段にはところどころに明かりが見える。

「誰か住んでいるのか?」

「よし、私が見て来よう」

 そう言った一人がさらに階段を降り始めた時だった。小さな振動がして、やがて、それが大きな揺れへと変わり、しばらくすると、ぴたりとおさまった。

「地震か?」

「どうなっているんだ?」

「とにかく出口を確保しようじゃないか?」

 この意見はもっともだと思われた。

 一行はひとまず階段を登り、入って来た口を目指した。


 自然に閉じたこの地下への入り口は、彼らが近づくと今度は自然に開いた。そして不思議なことに、彼らが外に出ると廃墟が消えている。その上、外の景色は先ほどとは全く違っていた。

 彼らは息を飲み、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くした。

「そういうことか」

 ついに一人が呟いた。

「どういうことだ?」

「これ自体が移動するんだ」

「そして、時折さっきのように地上に姿を現すんだな?」

「どうにも信じられないが」

「信じられないことではあるが、実際目にした以上、我らはこれを事実として認めるしかない」

「だが、いったい何のために?」

「ひょっとして、これは……(いにしえ)の装置だろうか?」

「なんだ、それは?」

「まさか。それこそ迷信ではないか」

「どういうことだ、説明してくれ」

「いや、もう少し先を見てからだ」

 各々が、(なか)ば恐れ、(なか)ば興奮しながら、一行は建物の正体を突き止めるため、再び地下に下りて行った。


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