5.二人の聖者⑩
呆然とグレンデルを見つめるアイサにシンはそっと言った。
「アイサ、怪我をしている」
「間に合わなかった……グレンデルを守れなかった……もう少しだったのに」
アイサの瞳から涙が零れる。
「アイサ……」
シンはアイサを宥めようとしたが、アイサの涙は止まらなかった。ロリンも、グレンデルを守ってここまで来た仲間たちも、ある者は声を上げて泣き、ある者は嗚咽を漏らした。
シンはそばに控えるレッセムを振り返った。
「レッセム、グレンデル殿の亡骸を霧の谷へ。グレンデル殿に従っていた人たちも谷にお連れしてくれ」
「承知いたしました。ですが、まずはアイサ様のお手当を」
心配そうにアイサを見るレッセムにシンは頷いた。
「アイサ」
アイサの傷を見ようとしたシンの手を、しかし、アイサは払いのけた。
「アイサ、手当をしておこう」
「たいしたことないわ。平気よ」
アイサの目からは涙が溢れ続ける。
「アイサ」
シンは無理にアイサの腕を取った。
「アイサ、誰に意地を張る気だい? グレンデル殿は亡くなり、僕らは生き残っている。することがあるだろう?」
シンは厳しい声で言った。
「シン……」
アイサは驚いたようにシンを見た。シンは構わずアイサを抱き上げ、ロリンたちが使っていた荷馬車の陰に運んだ。服を脱がせて傷を見ると、初めに受けた左のわき腹から右胸にかけての剣の傷が深く、何より出血がひどかった。
「このようなものしかございませんが」
レッセムが清潔な布と消毒になる薬草を持ってきた。
「アイサ、海の国の薬があるだろう? ポシェットを開けてくれ」
「ええ、この場で使えるのはこの消毒薬と簡単な血止めぐらいだけど。必要な人に使って」
アイサは二つの瓶を取り出した。シンはポシェットの中をちらりと見て、アイサがビャクグンに使った傷を固定するチューブに目を止めた。
(これは生半可な状態では使えるものではないな。ビャクグンの時はアイサが麻酔をし、一晩見守った。非常時とはいえ、麻酔なしで耐えられるものではないだろう)
シンは傷薬だけ使い、あとはレッセムが持ってきた布で傷口を固定した。
(こんな傷なのに無茶のし過ぎだ。早く戻らないと)
シンは眉を寄せた。
「レッセム、後を頼む。私はアイサを連れて先に谷に戻る」
「シン様、しかし、まだパシパの兵がいるかもしれません。ティノスの息がかかった者たちも多いはず、危険です。ご一緒します」
「心配はいらない。この剣で特別な道を開く」
「剣で道を?」
レッセムは目を丸くしたがすぐに頷いた。
(アイサ様の剣は目の前で鳥を呼んだ。シン様の剣もただの剣ではない)
敬愛する王はアイサを見ていた。アイサはしっかりと立ってはいるものの、その顔は蒼白だった。
「霧の谷にはバラホアのカゲート殿がいる。レッセム、後は頼んだぞ?」
シンの声に有無を言わせるものはない。
「お気をつけて」
レッセムは頭を下げ、すぐに部下に指示を出した。
「荷車を用意しろ。けが人をまとめ、霧の谷を目指す」
「はっ」
部下が直ちに駆け出した。
「アイサ、僕らは先に霧の谷に行く。さあ、この馬に乗って」
シンは自分の馬にアイサを乗せようとした。
「シン、大丈夫。私、自分の馬で行けるわ」
アイサは気丈に自分の馬の手綱を握った。
「アイサ、もし僕が怪我をしているのに誰にも頼らず、無理をしようとしていたらどうする?」
「そんなこと、させないわ」
アイサの声はいつもより弱々しかった。
「僕もだよ」
シンは問答無用でアイサを自分の馬に乗せた。
「これからナハシュを使う。多少無理するかもしれないけど、我慢してくれ」
シンの真剣な瞳にアイサは緊張を解いて頷いた。
『ナハシュ』
アイサを支え、馬に乗ったシンはナハシュを呼んだ。
『落ち着け。お前の考えていることはわかっている。これからクルドゥリの道を探る。この街道から横道に逸れろ。その先に古い石像がある』
シンはアイサを抱えると街道からナハシュの指示通り脇道に逸れた。日の落ちた道を足元に気を付けながら馬を飛ばす。
やがてシンの剣ナハシュが光り出した。
『あれだな?』
シンはナハシュの照らし出す道の先に古い神の彫られた像を見つけた。
『入るぞ、シン』
ナハシュの光に反応した石像がぼんやりと光る。
シンはその光の中に飛び込んだ。




