5.二人の聖者⑦
降ってわいた不届き者に周囲を守る親衛隊員が気づいた。近づくニ騎の後ろにはクイヴルの小隊がいる。親衛隊員たちは直ちに迎え撃つべく前へ出た。大陸中に名がとどろくパシ教の大主教ティノスをいただいたているのだ。不意を突かれたといっても、彼らの動きに一切動揺は見られない。
「迷うな、必ずお二人をお守りせよ」
行く手を阻む相手に手こずりながら、クイヴル隊の隊長レッセムが叫んだ。
「これがティノスの兵? これを兵というのかしら?」
アイサは眉を寄せた。
ティノスを守るためにのみ動いているような向こう見ずな動きは、今までの相手とは勝手が違う。
「シン」
焦るアイサがシンを振り返った。
シンの剣ナハシュが風を起こし、ティノスとグレンデルを引き離す。
「それにしても……ある意味、彼らは優秀だよ。傷つくことを恐れていない」
一時時間を稼ぐことに成功したシンも、戸惑って言った。
「まだ幼い子どももいるわ。これでは真剣に打ち込めない」
「いけません。彼らは十分な技術を身につけている。気を抜けば、危険です」
「何事だ?」
突風に転がされたティノスが金切り声を上げた。
顔色を変えた伝令が駆け付ける。
「大主教様、大変でございます。クイヴル国の小隊が現れました。只今周囲を守っていた隊員が切り結んでいます」
「クイヴルだと?」
「グレンデルを助けようとしているようです」
「いまいましい。クイヴル王は潜伏中にパシパの炎を封じた娘を助けたという。兄を討って王にまでのし上がり、ここでもまた私の邪魔をする気か」
「大主教様、そのクイヴル王自らがいるようです」
「本人が直々にだと?」
「間違いありません。信じられないことではありますが、先ほどの異常な突風も、もしかすると……」
「くっ、生意気な。小隊と言ったな? よし、クイヴル王め、ここで恨みを晴らしてやる」
ティノスは叫んだ。
「しかし、ティノス様、率いる兵の数は少なくても、クイヴル王は不思議な力を持つと……その力は風だけではないかもしれません。火を操るという噂もございます」
「私から神の雷を奪っておいて、自分は尋常ではない力を振るうか?」
ティノスの顔が憎悪に歪んだ。震え上がる伝令の後ろから豪華な僧衣を身につけた男が進み出た。
「ティノス様、ここはまず御身のことをお考え下さい。万一のことがあれば取り返しがつきません。ティノス様は我々信徒の希望なのですから」
男は懇願した。
「わかった、だが」
ティノス頷き、声を上げた。
「異端者を捕えよ」
瞬く間にティノスの親衛隊員たちが動いた。
「いったん引く。引くが、ただでは引かん」
ティノスは抑えられたグレンデルたちを見てうすく笑った。
「親衛隊員たちよ、時間を稼ぐのだ。命を惜しむでないぞ、勇敢なるパシの信者よ。神の国はお前たちを待っている」」
「はっ」
ティノスに一番近い部隊を残して残りの兵は転がるように駆けていく。
「大主教、おやめなさい。いつからあなたは神の国を語るようになった? 聖典には死後のことなど語っている下りはないではないか?」
グレンデルは叫んだ。
「うるさいぞ、異端者め。教祖様も尋ねられたらそう語って下さったであろうよ」
「教祖様はこの世でどう生きるかをお考えになったのだ。日々の暮らしの中で支え合い、助け合うことをよしとした方が神の雷をふるって人々を苦しめ、屈服させることなどお喜びになるはずがない。日々の瞑想の中で自分の心と向かい合うことを尊んだ方が人の心を操る薬などお許しになるはずがない」
グレンデルは訴え続けた。
だが、ティノスは冷ややかに笑った。
「ここまでパシ教を広めたのは私だ。私の信徒はすべきことを与えられ、それこそが価値のあるものだと信じ、そのために死んでいく。あの世での安泰を約束されてな。人はそれを幸せと感じるのだ。彼らは自ら考えることでその安泰を失うことを恐れさえする」
「そんな……あの信徒たちを生み育てた親は彼らが愛し、愛され、この世に生まれてきたことを喜んで欲しいと願っているだろうに」
「そんなことではパシの国など望めないぞ?」
「そのために新たな苦しみを生み出すのか?」
「それも必要ならばな。グレンデル、所詮何を言っても私とお前は相容れないのだ。私はお前の説くパシの教えに耳を傾ける気はない。殺せ」
グレンデルに剣が向けられた。




