5.二人の聖者⑤
アイサとシン、そして隊長レッセムが率いる部隊が街道に入った。一行は街道にはふさわしくないスピードで馬を駆る。
街道を行く人々が驚いてこれを見送った。
「このあたりだと思うんだけど……日が傾いてきたな。このままではグレンデル殿と行き違いになってしまう」
馬上でシンが言った。
「シン、部隊を止めて。私、グレンデルを探してみる」
アイサは馬から下りると、街道の脇にある大きな槙の木の下に立った。
「王、アイサ様はどうかなさったのですか?」
ここ数日、先頭を走っていたアイサがいきなり馬を下りたので、隊長のレッセムは怪訝な顔をした。
夕刻までにはまだ少し時間がある。
時を惜しんでここまでやってきた彼らが馬を止めるにはまだ早いと思われた。
「このままではグレンデル殿とすれ違ってしまうかも知れない。アイサはグレンデル殿の居場所を探そうというのだ」
「しかし、どうやって……」
首をかしげるレッセムをよそに、シンはただアイサの傍らに立った。仕方なくレッセムが二人を見守る。アイサは剣から一つ青い色の石を外し、それを見つめた。
石はたちまち一羽の鳥へと姿を変え、アイサの手のひらから飛び立つ。鳥はかすかな青い光を放ち、街道の先に消えていった。
息を飲んで見守っていたレッセムとレッセムの部下たちが鳥からアイサに目を戻すと、アイサは俯いたまま動かなくなっていた。
シンはその体を槙の木の根元に座らせ、自らもその傍らに座った。
声もなく自分たちを見つめるレッセムとその部下にシンは言った。
「しばらく待機だ。アイサは多くの者に狙われている。怪しい者に気をつけていてくれ」
「あ、は、はい。しかし……あの鳥は?」
レッセムは震える声で聞いた。
「あれが今、アイサの意識を運んでいる」
「意識ですって? そんなことが……王、この方は一体?」
「そんなことが大切なのか? アイサは僕らにない力を持ち、そのために僕らには負えない荷を負っている。それでもアイサは、アイサだ」
レッセムは目の前で大きな木に身を寄せる小さな二人を見た。跪く自分から見ても、目を閉じたアイサは小さくて頼りなく見える。
「王……必ずお力になります」
レッセムは答え、シンは頷くと剣を握り、静かに目を閉じた。
アイサの意識は鳥と共に高く高く空を飛んだ。
感覚を研ぎ澄ます。
(ざわつく……覚えのある気配がする……こっちだ)
日が傾く。
街道を逸れ、小さな畑を過ぎた。
所々に現れる森、小川。
その先にアイサはパシパの紋章を付けた一団を見つけた。
彼らはちょうど周囲の安全を確認しに来たグレンデルの仲間を殺したところだった。
上空から見れば他にも同じような兵たちが分散して身を隠しているのがわかる。
その数はシンの率いる小隊よりはるかに多い。
(あっ)
アイサの思念が震えた。
どうしても脳裏から離れないあの姿……ティノスだ。遙か下方のティノスからは、グレンデルを殺すという強烈な意志が伝わってくる。
ティノスの向かう先に意識を凝らすアイサがグレンデルの一行をとらえた。
どう猛な猛獣がそっと忍び寄り、大きく口を開たのにも気づいてもいない彼らだった。
(グレンデル、待っていて)
青白い光を放つ鳥はティノス達の上空を急旋回すると、ものすごいスピードでアイサの手のひらを目指した。
突風に乗って来たかのように戻ってきた鳥がアイサの手のひらに止まった。
そして一つの青白い石に変わる。
息を飲んで見守るレッセムの目の前で、アイサの意識が戻った。
ゆらゆらと立ち上がったアイサの瞳を見て、レッセムは驚きに打たれた。
儚さや、か弱さが、かけらもない。
「見つかったかい?」
シンが聞いた。
「ええ、急がなくては。もうティノスがグレンデルを見つけた」
「やはり、ティノスがいるのか」
シンの顔が厳しくなった。
「この倍ほどの兵を連れている」
アイサは馬に乗った。
「倍ですか……」
レッセムも厳しい顔をし、敵が近いと檄を飛ばす。
「敵は我らを上回る数だそうだ。必ずお二人をお守りするのだ」
レッセムの張りつめた声が響く。アイサとシンの馬は傾く太陽に背を向けて駆け出していた。




