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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅰ.闇の炎
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1.ベルル②

「アイサ」

 明るい声が、思いに沈んだアイサを現実に引き戻した。

 同級生のレアだ。

 豊かな金髪にブルーの瞳。

 彼女は屈託がなく、笑い、驚き、人の世話を焼く。

 彼女の出身はニエド、商業の盛んな核である。

 何故ニエドからわざわざゼフィロウまでやってきたのか、アイサは聞いたことがある。すると、レアは軽く笑った。何も九つしかない核の一つに閉じこもっている理由など、どこにもないと言うのだ。

 さすがに商人の娘だった。

 レアがアイサに近づく。

「いったい朝から何を考えているの? あ、わかった、ナイのことね?」

 レアはいたずらっぽく笑った。

「ナイ?」

 アイサは首をかしげた。

「そうよ。才能はあるし、美形だし、素敵な人よね、ナイって。あの若さでセジュの若手音楽家の筆頭よ」

「ああ、そうね」

「アイサ、あなた、そんな素っ気ない言い方しかできないの? あなた達のことは、結構、噂になっているのよ? この間だってナイの演奏会に行っていたじゃない? あれから、二人でパーティーにも出たんでしょ?」

「ナイのお父様と父は、学生時代からの友だちなのよ。それで、たまたま城に来ていたナイを、父から紹介されただけ」

 レアの勢いに押されて、アイサは答えた。

「ちょっとアイサ、それを普通に言わないほうがいいわよ。恨まれるわ」

「何故? 誰に?」

 レアはアイサを見て溜息をついた。

「それは、あなたが自分は特別なんだって公言しているようなものだから。誰もがナイみたいな有名人を父親から紹介されるわけじゃないのよ? あなたによそよそしい人がいるって気がつかなかった?」

「いい感じじゃないなって人はいるけど、それは私が変わり者だからでしょう?」

 レアは思わず笑い出した。

「アイサ……確かにあなたは変わっているわ。何たって、このセジュでたった一人、地上の方をお母様にしているんですもの」

「そのことをよく思っていない人がいることは知っているわ。だから、ここでも歓迎されないだろうと覚悟はしていた」

「あなたのお母様のアエル様のことは他の核でも知れ渡っているものね。それでも、大方はアエル様をすばらしい方だと思っているわ。そうでない人はやっかみよ」

「ナイのご両親は、私の両親と親交があったの。ナイはご両親から聞いた私の父母の若い頃の話をよくしてくれるわ」

「それは有り難いことね」

 アイサの母が若くして事故で死んだこと、そしてアイサが大巫女の後見を得て、多くの時間を神殿で過ごしていたことを知るレアは優しく言った。

「だけど、いつでもナイとそんな話をしているわけじゃないんでしょ?」

「レアったら……」

 アイサは戸惑った。


 初めてナイに会ったのは、神殿から久しぶりに父の城に戻った時だった。

 生まれたときから神殿で育ったと言ってもいいアイサだったが、神殿で暮らすようになった後も、アイサは気が向くと父の城に出かけていた。

 その日も運がよければ父エアの姿が見られるかも知れないと思って城にやって来たのだが、ちょうど城はパーティーの最中だった。

 誰かに見つかってパーティーに出る羽目(はめ)にでもなったら大変だと思ったアイサは、そっと庭に向かった。

 そこで偶然会ったのがナイだった。

 少し言葉を交わして別れたが、その晩、城に泊まったナイを翌朝エアに紹介された。アイサより少し年が上の、長身で、見事な赤毛の青年だった。

 彼の出身はバナム、芸術とファッションで有名な核だ。


 ナイはアイサをよくバナムに誘った。

 ナイと出会ってから、アイサの世界が一挙に華やかになった。

 アイサは初めて生活を楽しみ、生きることを楽しんでもいいのだと知った。

 聴いたことのない音楽の中で、不思議な造形の中で、静かな一室で、ナイはそれを教えてくれた。

(ナイの目から見ても、自分はやはり変わっているのだろうか?)

 時折浮かぶそんな不安の中で、ナイは自分の父親から聞いた話をしてくれたものだ。


「エア様は、その日、いつもの気まぐれを起こして、セジュの警備に引っかかるぎりぎりのところまで海面に近づいていったそうだよ。そして、偶然アエル様をお助けしたんだ。いや、エア様の気まぐれには誰も驚かない。だけど、こんな広い海でお二人が出会うなんて、それを偶然と言っていいのだろうか? 僕には何か特別なことのように思える」

 ナイは夢中で言い、慌てて照れたように笑った。

「とにかく……エア様は、そのままアエル様を別邸にお連れして看病なさった。元気になったアエル様を連れて、エア様がゼフィロウの城に戻り、アエル様と結婚すると言い出した時は、大騒ぎだったそうだ。仰天したエア様の父上がセジュ王と大巫女のもとに駆けつけて、セジュ国の関係者が動転する中、エア様の連れてきた乙女はシェキの洞窟に入り、無事に帰った。それからアエル様は、正式にゼフィロウの客人となり、まもなくエア様の奥方となった」

「シェキの洞窟……」

「そう、あそこはゼフィロウだけじゃない、我々セジュの人間にとって、特別な場所だ。あの洞窟は、訪れた者を試すという。あそこで認められた者は誰であろうとセジュにとって大切な人だ。君の母上は、すばらしい人だよ。誰が何と言ってもね」

「ありがとう、ナイ」

「あの美しく、魅力的なエア様の妻の座を狙っていたご婦人方は、さぞがっかりしただろうな」

「そう?」

(確かに父は魅力的だ。たいていは気まぐれで、つかみ所のないように見える。だが、いつの間にか、このゼフィロウを祖父の代よりも遙かに充実したものにしている)

「今だって頑張っているようだけど……」

「え?」

 エアの周りにいる女性たちを思い出し、面白がっていたナイはアイサの顔を見て急いで首を振った。

「いや……お寂しいだろうね、大切な方を一度に亡くされて」

 エアは自分の妻と姉夫婦を潜水艇の事故で一度になくしていた。その時の生き残りが、エアの姉の娘ラビスミーナである。

 潜水艇の異常を察したアエルが、幼かったラビスミーナをとっさに救命用のカプセルに乗せたのだ。

 ラビスミーナの両親は、アエルとともにその事故で命を落とし、エアはラビスミーナを引き取って自分の娘として育てた。

「僕の家に、エア様とアエル様の肖像画がある。その目は別として、君は母君に似ている。君は、一見はかなく見えるくせに、時に、強い光を放つ」

 ナイはそう言って微笑んだ。


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