4.バラホアの守り手⑦
リマ川の上流に馬を進めると、二人の目の前に予想以上に大きな湖が現れた。
リマ川の水を引き込んで湖は満々と水を湛えている。十年余りの年月が経ったその姿は、周りの自然とよく調和していた。
「イムダル殿の領民がイムダル殿を愛するはずだ。彼は他の王子のように民を働かせるだろう。だが、それは何倍もの利益となって民に返ってくる。イムダル殿には国をつくる天賦の才があるらしいね」
気持ちが高揚するシンを見て、アイサはいたずらっぽく聞いた。
「シン、クイヴル王としては、イムダルと戦ってみたかった?」
「……そうだね、イムダル殿の考えることに興味はある。でも、戦えば、お互い被害が大きすぎる。向こうが攻めてくるなら話は別だが、僕は別にオスキュラが欲しいわけでもないし」
「イムダルはクイヴルに手を出さないと思うわ。バラホアもイムダルのもとでこれからの道を探れる」
「ああ。だけど、全てはイムダル殿が勝てば、の話だ」
シンは明るく言うアイサに答えたが、それから二人は咄嗟に身を隠した。
山岳の民らしい男たちが数人、馬に乗って来たのだ。
彼らはひとしきり湖を眺めると、そのまま通り過ぎた。
「このあたりの者じゃないな」
シンが囁いた。
「遊牧の民と馬の乗り方が違う」
アイサがすかさず答える。
「それに、彼らが話していたのはルテールの標準語だ。リュト軍の斥候だろうな」
「こっちに陣を張る気ね。調べてみる?」
「いや、詳しい情報ならビャクが掴んでいるだろう。それより、そろそろバラホアの使いがアルゴスのところに出かける頃じゃないかな?」
「そうね、気晴らしもここまでか」
アイサが本気で残念な声を出したのでシンは思わず笑った。
「うん、いい気晴らしだった。今度は南側から戻ってみようか?」
「いいわね」
アイサの声が弾んだ。




