4.バラホアの守り手③
そんなユタにカゲートはその菫色の瞳を向けた。
「ユタ殿と仰るか? ソーヴの願いをよく聞き届けてくださいましたね」
「そんな……私は敵軍の参謀でした」
ユタは戸惑った。
「いったい私に何ができるか、見当もつきません」
「ソーヴがあなたに託した。その思いにあなたが応えて下さろうとしている。それで十分です。ソーヴの道は回り道だったかもしれないが、決して無駄ではなかった」
カゲートは優しく微笑んだ。
「それでは早速これからのことを考えなくては」
シンの言葉にカゲートは頷き、バラホアの主だった者を館に集めた。
彼らが集まったのは、磨き上げられた石の床に、継ぎ目のない金属でできた壁で覆われた部屋だった。館の会議室と聞いて、ユタは手の込んだ細工や高価な装飾を想像したが、バラホアの会議室は柔らかな光を放つツタが壁に這い、ユタが見たことのない美しさを見せていた。
会議のテーブルに着いた人数は思いの外少なかった。
カゲートを補佐する者が五人、それにナツメとユタ、そしてシンとアイサが加わる。
カゲートがユタを紹介した。
「ルテールのユタ殿です」
集まった者たちが頷く。
「ナツメから話は聞いています。ソーヴがこの人にバラホアを守る助けをするように頼んだと。アイサ様もご承知のようだ」
「カゲート様もお認めになっている。ならば、我々が口をはさむことではあるまい。ユタ殿を迎えましょう」
最高齢の男が言った。
その声を合図に、彼らの口からルテールに対する不安が漏れる。
「ご存じの通り、最近リュト王子の配下がこの村を探っています」
「各地で医療活動をしている仲間に一時ここへ戻るよう連絡してあるのだが、旅の途中で後をつけられたり、尋問されたりしているようだ」
「それどころか、アルゴスとかいう男が率いる部隊に捕えられた者が出ている」
「人質扱いだと聞く」
「行った先々で人々が力を貸してくれるが、ルテールの力は大きい。迎えに行っている仲間の身も心配だ」
「リュト王子の配下が迫っている。奴らがここへの入口を知る事になったらどうする?」
「いや、それより外に出ている者たちの身の安全を守ることが先です」
「しかし、薬の材料は全てここで揃うわけではない。病や怪我で苦しむ人を救うためにはどうしてもここから外に出なくてはならん」
彼らの話を聞いていたユタが口を開いた。
「まず、お聞かせください。古の国クルドゥリは自国の存在を明らかにしました。バラホアはどうなさるおつもりですか?」
シンが頷き、カゲートが答えた。
「そうでしたね。ユタ殿の仰るとおりです。そして、答えは決まっています」
「バラホアを開くと仰るのですね?」
ユタはカゲートとカゲートを取り巻くバラホアの人たちを見た。
「はい」
カゲートは物憂い表情を浮かべた。
「我々は長い間、大陸のあちこちで医療活動を行ってきました。ですが、ここだけをよりどころとし、知識の普及には力を入れてこなかった。我々の知識の中には、利用されれば危険なものも多い。我々の知識は諸刃の剣なのです。しかし、時は流れ、世界は変わった。アエルはそれを感じていました。そして、ソーヴも。ソーヴが外を目指したのは一つの挑戦でした。ですが、相手が悪かった。言葉巧みに相手を動かすなど、我々の最も苦手とするところです。結局、我々は最も知られたくなかった薬を外に出してしまった。もう後戻りはできません。我々はこの知識を災いとしないようにしなければなりません」
カゲートの言葉にバラホアの者たちが黙り込む。口で言うほど簡単ではないのだ。彼らは途方に暮れているように見えた。
長く各地に出かけ、その地に住む人々の力になってきたが、権力者に対峙する術は学ばなかったようだった。
「バラホアの皆さんには、霧の谷へ避難することをお勧めします」
ユタは言った。
彼らの間に動揺が走る。
「この地を離れるのですか?」
「ここには他では手に入らない植物や機材があります。書物も薬剤もだ」
「ここを離れたら仕事にならん」
「先祖代々積み重ねてきた仕事場だ。死んでも離れるわけにはいかん」
アイサとシンがそう来るだろうと予想していた通りの反応が次々と返ってきた。
「一時的なものです。バラホアを探しているアルゴスは有能なリュト王子の側近です。彼は何としてもこちらへの道を見つけ出す気だ。アルゴスに拘束されているバラホアの民の身が心配です」
きっぱりと言ったユタにアイサが聞いた。
「ユタ、考えがあるのね?」
「はい。バラホアがこの地を公にする気があるのなら、先手を打ってアルゴスを招いたらいかがです? もちろん、アルゴス一人で来るはずはありませんが、捕らわれているバラホアの民の身柄と引き替えに、すべて迎え入れるのです」
「それで?」
最高齢の男が聞いた。
「この谷の知識をもってすれば……かなりの人数になると思いますが、招き入れた者たちを眠らせることはできますか?」
「恐らく。やりようではあるが」
最高齢の男を始め、バラホアの主だった五人が頷く。
ユタはカゲートを見た。
「薬は用意できます」
カゲートは答えた。
「では、彼らをここへおびき寄せ、捕らわれた人たちを助けましょう。危険ですから、その間は皆さんは谷へ。後は私が……」
ユタが言った。
「お招きするのであれば、私もお相手しなければ」
カゲートは言い、ユタの他にシンとアイサも立ち会うことになった。
「ついに、ここが知られることになるのか……」
一人が呟いた。
「このままではいられません。バラホアとバラホアを支える人たちの力を信じて先へ進まなくては」
力強いアイサの言葉にバラホアの人たちが頷く。
「ユタがアルゴスを押さえたら、次はイムダル殿の戦いだ。そして、イムダル殿がリュト王子を破り、ルテールを奪えば……」
シンは言葉を濁した。
「ティノスね」
アイサが言った。




