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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅵ.荒れ地の竜
388/533

3.ソーヴの長い旅⑯

 翌日の未明。

 ビャクグン、スオウ、シャギル、シン、アイサは出発の支度をするイムダル軍に先んじてロアの館を出た。部下たちをイムダルの部隊に預けたユタも一緒だ。

「さあ、行こう。いろいろ寄り道があるからな。相手は待っちゃくれないぜ?」

 シャギルはさっさと馬に乗った。

「皆様、どうかお気をつけて。アイサ、もう無理をしてはいけませんぞ? たまたま無事だったからよかったが……今度のようなことは心臓に悪い」

 コルンゴルトは馬に乗ったアイサを見上げて言った。

「母のことを聞くことができてよかった。コルンゴルトこそ、気をつけて」

 言葉を返すアイサには感傷に浸るような甘いものはない。

「気をつけてとは、これから戦う者にとっては少々馴染(なじ)みませんな」

 コルンゴルトも厳しい表情で返した。

「御武運を、と申し上げるべきなのでしょうね。滞在中はお世話になりました。コルンゴルト殿、また、お会いしましょう」

 不安そうにアイサを見つめるコルンゴルトを安心させるようにシンが頷き、それを合図に、ビャクグン、スオウ、シャギル、シン、アイサ、そしてユタの六騎がしんしんと冷えた闇の中に駆け出した。

 遠くなる蹄の音とともにその姿が見えなくたった彼らを、コルンゴルトはしばらくの間、身じろぎもせず見送った。


 馬に乗って間もなく、ユタは一行の乗馬の腕を思い知らされた。

 日が昇る前の闇の中を彼らに守られて走っているのがわかる。

 やがてあたりが明るくなり、ユタの乗馬に危険がなくなったとわかると、彼らの動きはいつも通りのものに戻った。

(なんと、まあ……)

 ユタは目を見張った。

 スオウとシャギルは時折別行動を取り、地形を確認している。クルドゥリの次期長老であるビャクグンのもとには、しばしば国の者が姿を見せていた。

 それぞれ無駄な動きがなく、有能な仲間を持ち、仕事をこなしているのだ。

 一方、クイヴル王に至っては、休憩の場所を見つけては食事の準備をしている。その手際(てぎわ)の良さはユタなど足下にも及ばない。戻ってきたスオウやシャギルが持ってくる鳥や果実なども、きちんとした料理に仕上がっていく。

 アイサもその助手としてなかなか良くやっていると言えた。

 ユタは自分が如何に無能なのか思い知らされた気がした。

「クイヴル王がこんなに旅慣れていらっしゃったとは思いませんでした」

 感嘆の溜息とともに、思わずこぼれたユタの本音にアイサが笑い出す。

 明るい声だ。

「シンは最初から上手だったわ。何でも一人でできて……今でこそ、皆が寄ってたかって世話をしているけれど」

「ファニ領の城では城主のお子様としてお暮らしだったのでは? 何不自由のない暮らしだったはずです」

「そうね。でも、シンの友だちはクロシュの町にいたし、シンはリュトやドラトみたいに変に気取ったところもなかったわ。何でも自分でやっていた」

「そうでしたか。ところで、リュト様やドラト王子のことをご存知と見える。やはり、イムダル王子の寵姫としてルテールの王宮にいたのはあなたですね?」

「ええ。ヒトハを取り戻さなくてはならなかったの」

 アイサはあっさりと答え、ユタはその当時の王宮の混乱ぶりを思い出して思わず苦笑した。

「ところで、アイサ殿、あなたも旅慣れていらっしゃる」

 ユタの言葉にアイサは果物をむく手を止めた。

「私は小さいときから神殿で育って、同じくらいの年の子との付き合いもなかった。こっちに来てからいろいろなことを学んだわ。これもその一つよ」

「同じような子どもとの付き合いがなかったとは? お寂しくなかったのですか?」

 ユタの言葉に、今度はシンが料理の手を止めた。

「寂しいとか、あまり考えたことなかったわ」

 屈託なくアイサが答える。

「アイサ、まだ?」

 シンが火の向こうから聞いた。

「あと少しよ」

 慌ててアイサは皮むきを再開した。


 谷に向けて急ぎながらも、一行は途中何度か寄り道をした。

 金が掘られているという地域だ。

 そこは山間(やまあい)の鉱山と違って、平らな土地に幾つもの深い穴が掘られていた。

 穴を掘る者、泥の入った(おけ)を引き上げる者、近くの水場で泥から金を取り出す者、そして彼らを守る者……

 ちょっとした人数なのだが、荒れ地の人々は身軽だ。外部の者が近づけば、その姿を遊牧民へと変えることができる。また、別のところには金ではなく泥炭を掘り出し、それを安全に貯蔵する谷もあった。

「イムダル殿から周辺の細かい地図はもらっているのだが……帰るついでに確かめておくのもいいと思って」

 ビャクグンが言うと、スオウも頷いた。

「このあたりは俺たちにとっても未知の土地だからな」

「俺、いや、先輩たちも迂闊(うかつ)だった。ルリが聞いたら驚くぞ? あのイムダルはクルドゥリに次ぐ金を持っていると知ったら」

 シャギルが笑った。

「イムダルは谷から離れた村の生活にまで気を配っていた。ルテールの居住区の守りは、実はドラトやリュト以上だった……資金ならいくらでもあると言ったカゲツの言葉も、はったりじゃなかったって事ね」

 アイサが言った。

「金の採掘場だけじゃない。鉱山を複数持っていたとはね。それにしても、金の動きには十分気をつけていたはずのクルドゥリを(だま)すなんて」

 シンも驚きの声を上げた。

「俺たちクルドゥリも完璧ではないって事さ」

 シャギルは肩をすくめた。

「自分の領民の幸せだけを考えていたイムダル王子がオスキュラを取る決心をした。民の結束も堅い。数は少ないが戦い方だな」

 スオウがビャクグンを見る。

「ああ」

 ビャクグンは頷いた。


 霧の谷までの旅は、固かったユタの心を解いていった。自分のできることは何でもしようと体を動かすことは、ユタにとって楽しかった。

 おかげで夜は瞬く間に眠気が襲ってきたが、交替で焚火の番もした。

 アイサでさえ、当然のように引き受けているのだ。自分だけ甘えるわけにはいかなかった。

(この間までは敵だった自分にすんなり焚火番を任せるとは。自分たちの実力にそれだけの自信があるのか、それとも多少は信頼されたのか)

 ユタは思い思いに仮眠をとるクルドゥリの三人と、シン、そしてアイサに目をやった。

(明日イムダル王子の谷に着く。都ではうすのろと言われていたイムダル王子だが、実際は全く違う。どんな人物なのだろう? 明日になれば、この人たちが王子に何を見いだしたのか、この目で確かめられる)

 焚火に目を戻したユタの胸が高鳴った。


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