3.ソーヴの長い旅⑫
先にアジが馬を駆り、斬りかかった。
アイサの馬を狙った一撃だ。
しかし、アイサは落ち着いてこれを躱した。
「そんなお荷物を乗せて、なかなか器用だな。では……」
アジに残酷な笑みが浮かんだ。
アジの剣がソーヴを襲う。
アイサはこれを受け止めた。
「ふん」
直後に剣をかえして、今度はアイサに斬りかかる。華奢なアイサに対して、大柄なアジの存在感は格別だ。
そのアジが剣を振るった時、誰もがこの娘が馬から転がり落ちる事を疑わなかった。だから、次の瞬間にその娘がしっかりと剣を受け止めているのを見て、兵たちは目を疑った。
そして、それはアジも同じだった。
アイサはその隙を見逃さなかった。アジの剣を払うと、セジュの青い石がはめ込まれた優美な剣を思い切りアジに叩きつけた。
かろうじてこれを受けたアジにはもう先程の余裕はない。
「矢だ、矢を放て」
周りの兵が叫び、四方からアイサに向かって矢が飛ぶ。
それをはじき飛ばしたアイサだが、更に矢は数を増し、その間に、ぐるりとアイサを囲んだ兵が距離を詰めてきた。
「終わりだな」
そう言ったアジの視線がアイサから逸れた。
アイサを囲んでいた兵の壁が崩れたのだ。
「スオウ、ビャク」
思わずアイサは叫んだ。
「シン、ここにいたわ。早く、アイサを連れて行って」
アイサを囲んでいた兵の注意がそれる。
「アイサ、こっちだ」
「シン」
「シン、だと? クイヴル王、そこにいたか」
駆け付けたシンに、アジが怒鳴った。
「早く」
シンはアジを一瞥し、アイサを急かした。シンの率いる部隊がルテール兵の壁を破ったかと思うと、シンとアイサの乗る馬が駆け出し、みるみるその場を離れていく。それを守るように、トシュの部隊が続いた。
「追え、逃がすな」
叫ぶアジの前に、スオウが立った。
「お前か。邪魔をする気か?」
アジはスオウに向き直った。
「スオウ、後はお願いね」
コルンゴルトから預かった部隊を引き連れ、ビャクグンが素早くその場を去る。
スオウとアジの周りではトシュとルテールの兵が戦闘状態に入っている。
馬の扱いはトシュ族の方が上だが、兵の数ではまだアジの軍の方が多い。
(まだ……今は、な)
スオウは一瞬ビャクグンの行く手を見、次の瞬間アジの振るう剣筋を見た。
自分より一回り大きいアジの剣を、スオウがうまく躱す。
「残念だが、いつまでもお前に構っていられない。手柄が逃げるからな」
言い捨てたアジの武器は、その恵まれた体格と鍛え上げられた筋肉によって生み出される強力な剣戟だ。アジは鐙を巧みに使い、馬上で体のバランスを保つ。大柄でありながら、体の動きも速い。当たれば間違いなく即死だろうというアジの強力な一振りを躱しながら、スオウはここで素早く間を取った。アジは鎧を纏い、致命傷を与えられる箇所はほとんどない。
「どうした?」
アジが笑う。
スオウは馬を駆ってアジに向かい、アジの剣をすり抜けながら、すれ違いざまアジの乗る馬の手綱を切った。
「くっ」
馬から飛び降りたアジがスオウに斬りかかると見せて、こちらもスオウの馬を狙う。しかし、スオウの動きの速さがものをいった。間違いなく馬をも切り裂く渾身の一撃だったが、スオウに躱されたのだ。
「俺を足止めする気か?」
アジは逃げたクイヴル王と銀の髪の娘に気を取られ、焦りの色を浮かべた。
「いや」
スオウは小さく答え、アジに向かって馬を駆り、その脇を駆け抜けた。
これを見た者にはスオウの意図がわからなかった。
しかし、その直後にアジが前のめりに倒れた。
かすかに開いていたアジの鎧の耳の下の部分に、針のようなナイフが刺さっている。
「アジ様」
「くっ、この程度で……身体が」
「毒だ」
スオウが馬を返す。
「卑怯者……」
アジが呻いた。
「俺はお前と親善試合をしているわけじゃないからな」
取り巻く兵を薙ぎ倒して、スオウは預かったトシュの兵の援護に向かった。




