3.ソーヴの長い旅⑤
トシュの部隊がロアの館を出、北東の山地に向かう。その先頭で見事に馬を駆るシャギルにサンは聞いた。
「本当に追ってくるのか?」
「そりゃあ、わからん。全ては向こう次第だが……おや……」
シャギルに向かって見知らぬ一騎が駆けて来た。
「何だと?」
サンは目を見張った。隠れる物の少ないこの荒れ地でふと姿を現した乗り手にぎょっとしたのだ。乗り手はこの地方の者とは思えないすらりとした体型だ。その男がすいっとシャギルの脇に馬を寄せた。
「どこから湧いて出たんだ?」
隊の連中がざわめいた。
トシュの兵士たちの驚きをよそに、クルドゥリの男は言った。
「シャギル、来たぞ」
「そうか、で、どんな奴かな、俺たちの相手は?」
「エイス。剣が得意でアジと同類の乱暴者だよ。追っ手は二千」
「二千か」
聞き耳を立てていたサンは身を引き締めた。
「どのくらいで追いつく?」
シャギルが聞いた。
「爆竹を仕掛ける程度の時間ならある」
クルドゥリの男は笑みを浮かべた。
「爆竹? 何だ、それは?」
思わずサンは聞いた。
「見ての、いや、聞いてのかな? ともかく、後のお楽しみだ。矢がよく当たるようになるぞ?」
こう言うと、シャギルとクルドゥリの男は目立った木や岩の上に仕掛けをはじめた。
その間、サンの部隊は緩やかな山道に身を隠して待つ。
「向こうは二千、こっちは五百だ。だが、どうなろうと降りかかった火の粉は払わなくてはならん。俺たちは今までそうやってきたんだ」
サンは仲間を振り返って言った。
「そうだ」
「思い知らせてやろうぜ?」
トシュの戦士たちは緊張した面持ちで頷き合った。
荒れ地を揺るがす蹄の音が近づいてくる。
「よし、来たな」
こう言ってクルドゥリの男は僅かにある荒れ地の木々や岩の間に紛れて姿を消した。目を凝らすサンの隣にはいつの間にかシャギルが立っている。
(こいつには気配というものがない)
サンは今更ながら気がついた。
(さっきの男といい、この男といい……どうなっているんだ?)
部隊の仲間が身を隠している中で、シャギルというこの若者だけが押し寄せる追っ手の前に堂々と姿を見せている。
「少々賑やかになるが、驚くなよ?」
シャギルは潜むトシュの男たちに言った。
エイスの部隊がさらに近づく。
すっと構えたシャギルの手元からは、次々と火矢が放たれ、それらが仕掛けられた爆竹に当たって、エイスの部隊の周りで大音響が響き始めた。
音に驚いた馬たちが仁王立ちになる。
乗り手を乗せたまま狂ったように駆け出す馬もあれば、乗り手を振り落として逃げ出す馬もある。
ここまで整然としていた部隊はあっという間に混乱に陥った。
「さあ、今のうちだ。獲物をしとめろ」
トシュ族は狩猟の民である。
シャギルの一言で彼らの目に自信が戻った。
「おいおい、やるなら今のうちだぞ?」
しゃべりながらも、シャギルは矢を射ていく。
それが一矢の無駄もなく、エイスの部下に命中する。
「何をしている、サン、とっとと働け」
シャギルに見惚れていたサンは、我に返った。
「わかっている」
乱暴に答えると、サンも矢を放った。その矢を受けた敵兵が馬から転がり落ちる。
「確かにいい腕だな」
シャギルは落ち着いて狙うサンに声をかけた。




