2.北の村ロア⑨
「ご覧になりましたか? これがあの火を封じた力です。今あの火はあなたの剣をはじき飛ばしたこの力によって被われている。誰も破ることはできません」
「パシパが悪魔と呼ぶのも、なまじ嘘ではなかったか」
「リュト王子はバラホアに目をつけた。ソーヴが作ったあの薬がどういうものか知りながら」
アイサはユタに近づいた。
「そう、あれは人の心を操る薬だ」
ユタは感情を見せなかった。
「いいえ、あれは治療に使うものです。それ以外に使うものではない」
アイサがさらにユタとの間を詰める。
「あの薬は恐ろしいものではあるが、使いようだ」
「使いようですって? 人の心は邪魔だとでも言うの?」
「時にはそういうこともあるだろう」
ユタは答えた。しかし、そう答えながらも、ユタは自分の心が隠しようもなく無防備になっているような気がした。
「では……あなたの心は誰のものです?」
静かに言ったアイサは、振り返ってコルンゴルトを見た。
「イムダルはルテールの権力者が思うような愚かな者ではありません。イムダルは、今まで荒れ地で静かに暮らす竜でした」
「竜……ですと?」
怪訝な顔をするコルンゴルトに、アイサはゆっくりと頷いた。
広間にいた者たちがアイサを見つめる。
「ええ、うるさく画策する者たちがその竜を目覚めさせた。この戦いでは、クイヴル、グラン、ネル、そしてススルニュア……オスキュラを取り巻く諸国がそろってイムダルを支援します。オスキュラをその手中にしたかのように見えるリュト王子がいかに強力であろうと、オスキュラの王位をめぐるこの戦いは皆が考えているほどリュト王子に有利なわけではありません。コルンゴルト殿、もし、イムダルがオスキュラの王となれば、オスキュラは更に力をつけるでしょう。しかし、イムダルならば、その民をないがしろにすることはありますまい」
「わかりました。トシュはイムダル様につく。ユタ殿、そういうことだ」
コルンゴルトは言い、部下に命じた。
「村の外にいるルテールの兵を蹴散らせ。この者たちの首を刎ね、それをもって我らの返答としよう」
コルンゴルトの命令に反応した兵たちが、ユタとユーゴウを捕らえた。
「ユタ様」
ユーゴウがもがく。
「残念。もう少し念入りにあなた方の邪魔をしておくのだった」
ユタはビャクグン、シン、そしてアイサを見てあっさりと言った。
「あれ以上は無理ね。おかげで私の部下も冷や汗をかかされたけど」
ビャクグンは答えた。
「クルドゥリの方にここまで言っていただけるならば、光栄と思わなくてはならないか。さて」
ユタは顔を上げた。
「アジ将軍は既にこの村に向かっている。この三人をとらえるために。二万の軍相手ではトシュに勝ち目があるまい。女子供を逃がそうとしても外の部隊が襲う。そこで、コルンゴルト殿、この首が刎ねられる前に一つ提案があるのだが」
「何だ?」
「ユタを返してくれれば、外の兵たちにはアジ将軍が来るまで攻撃を控えるように伝えさせよう。約束を守らなければ私はどんな仕打ちを受けても構わない」
「ルテール軍がここに向かっているだと?」
「今から戦の準備ができるのか?」
ざわめきが広がる。
「この男の命と引き換えに、時間をくれると?」
コルンゴルトはユタの胸ぐらをつかんだ。
「そうだ。私は部下を道連れにしないで済む。そちらはアジ将軍が到着するまでに村人を避難させられるのではないかな?」
「私だけが部隊に戻るなんて。私は嫌だ」
ユーゴウが声を張り上げた。
「ユーゴウ、最後の命令だ。守れ」
ユタは静かに、だが、きっぱりと言った。
「ユタ様」
「そうだな、副官の一人や二人、返してやってもいい。不服のある者はいるか?」
コルンゴルトは広間を見渡した。
腕を組む者、顎を撫でる者もいたが、誰も何も言わなかった。
「よし、では、お前は帰れ。参謀の死にざまが心配ならば約束を守ることだ」
「ユタ様」
衛兵に引き立てられ、ユーゴウは引きずられるようにして館を出て行った。




