1.リュトの牙⑦
谷の入口に二万のルテール軍がやって来たばかりか、よりによってその晩に厨房が荒らされるという事件が起こって城内は朝から物々しい。
そんな中、シンとアイサが食堂に入ると、既に朝食の席についていた城の客たちの視線が一斉に二人に集まった。
「やあ、お二人さん。昨夜は城の厨房に怪しい奴が忍び込んだって言うんだけど、心当たりはないかい?」
シャギルが真面目な顔で聞いた。
「警備兵をうまく巻いて逃げたそうよ?」
ルリは笑っている。
「今朝のために準備しておいたものを台無しにされたと料理長が怒っていたぞ?」
イムダルが言った。
シンは素知らぬふりをしたが、アイサが我慢できなくて笑い出した。
「おいおい、夜中に厨房を荒らしといて、ちゃんと朝食まで食べる気か?」
シャギルが呆れた顔をする。
「少なくとも胸に引っかかりのある人には見えないわね?」
ビャクグンはアイサを見た。
「ええ、ビャク。それで、ビャクはこれからどうするの? イムダルはスオウたちとリュトの将軍と会うのでしょう?」
シンと席に着きながらアイサは聞いた。
「その前に、二人は何を考えているの?」
ビャクグンは食事の手を休め、シンとアイサを見た。
「僕らはビャクからトシュ族とバラホアのことを聞きたいと思っている」
シンの言葉にビャクグンは満足そうに頷いた。
「それなら話は早いわ。リュト王子がトシュ族を取り込む前に何とかしなくてはならないの。シンとアイサには私と一緒にトシュの族長の館があるロアへ行って欲しいのよ」
「わかった」
「ええ」
シンとアイサが声を揃えた。
「イムダル殿、私たちはこれから出かけるけど、あの軍の方は任せたわ」
「ああ。バラホアはもちろん、この谷も、荒れ地も、兄上に渡すわけにはいかん」
「アジが勇猛だということは確かだわ。スオウ、ルリ、シャギル、イムダル殿のこと、よろしくね」
ビャクグンはクルドゥリの三人に言った。
「アジについている戦上手のことが気になるな。こっちに顔を出してくるだろうか?」
スオウがビャクグンを見た。
「そうねえ、その人物も私と同様、トシュ族の取り込みを考えているんじゃないかしら?」
「トシュを敵に回すわけにはいかんのだ。急いだ方がいい」
イムダルが言った。
「皆様に旅のご用意を」
ベロカは控える兵に命じ、それからビャクグンを見た。
「ビャクグン様、谷の方はお任せください。相手がどんなに勇猛果敢な将軍でも、我々もそうそう遅れを取ることはありますまい」
「だが、これで終わりじゃないかもしれないぜ? リュト王子が本格的に戦いを挑んできたらどうする気だ?」
シャギルが言った時だった。
「シン王へ知らせの者が参っております」
城の衛兵がやって来て言った。
「通してくれ」
シンはすぐに答えた。




