5.サッハを預かる者⑥
自室に戻ったナイアスに、グラディウスが茶の用意をする。
「ナイアス様、本当にお体の具合が悪そうですね? 医師をお呼びいたしましょうか?」
「いや、いい。お前なら、私の憂いの原因もわかりそうなものだが」
ナイアスはソファーに座り、グラディウスはナイアスの前にある小さな螺鈿細工のテーブルの上に繊細な磁器に注いだ香りの高い茶をそっと置いた。
「板挟みになっていらっしゃるのですね? 王と、リオン様のような貴族の方々との間で」
「それだけであれば、私は必ず王を取る。だが、王の見ていらっしゃる未来が、私には見えないのだ。根っからのクイヴル王家の者としての、この身が災いしてだ」
王族としてどうするべきかということが自然に身についているナイアスには、思えば、今まで迷うということが無かった。
そして、そんなナイアスをグラディウスは幼い頃からずっと見てきた。
「私を支えてきたのは王家、そして、それを取り巻く貴族たちだ。それをなくしてどんな未来を開いていったらいいのだ……王の御出陣が明日だというのに、私は……」
「ナイアス様は国の要となるべくお生まれになり、お育ちになった。そして今、ナイアス様は王に次ぐ力をお持ちです。それなのに……あのエモンと苦しい戦いをなさっていた頃よりも遥かに苦しんでいらっしゃるように見えます」
「ああ、サッハを預かるということは、シン様のなさってきたことを引き継ぎ、今度は私が今まで同胞だと思っていた貴族たちを追いつめなくてはならないということだ。そんなことが私にできるだろうか? 彼らを失って、私に何ができるというのだ?」
ナイアスが面を上げた。
そのやつれた表情を見て、グラディウスはついにその胸の奥にしまっていたことを口にした。
「ナイアス様、ナイアス様は王になってもおかしくないお方です。それほど苦しまれるのならば、いっそのこと、シン王と袂を分かち、自ら王位をお望みになったらいかがです? 並み居る将軍たちとともに王がオスキュラに立つ今、ナイアス様が王に取って代わるのは今しかありません。私はナイアス様を王と仰ぐ日を夢見て参りました。もし、ナイアス様が王位をお望にみなるなら、そのためにはどんな犠牲も厭いません」
「シン様と、王位を争う……か……何だ?」
「お客様でございます」
館の者が来客を知らせた。
「お断りしろ。ナイアス様はお体の具合が悪い」
グラディウスは言った。
「ですが、お客様はアイサ様ですが」
「アイサ様だと?」
グラディウスは怪訝な顔をした。
「すぐに行く」
ナイアスは再び客室へ向かった。




