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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅴ.二人の捕虜
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4.ビャクグンの罠⑪

 二人が這い出したのは城の裏門が見える場所だった。近くに裏門へ続く橋がある。その橋が渡されているのは城の周りにめぐらされた堀だ。堀には城の庭園から水が流れ込んでいる。

 アイサは水音に耳を澄ませた。

 空はどんどん色を重ねていく。

 シンは手元をアイサの腕輪で照らしながら、思いついたことをあれこれ書き留めている。

 アイサは草地に腰を下ろし、空を見上げた。

 ぽつぽつと瞬き始めた星を眺めていると、海の中の闇、光る生物、そしてその静寂さが思い出された。


 アイサは一人小さなカプセルに乗り、深海を漂うことがあった。

 ねっとりとした闇の中に命がうごめく。

 闇は、決して無ではない。

 目が映さないだけなのだ。

(そういえば、ラビス姉様にも言われていたっけ。目に頼らず、感覚を磨けと)


 物心ついたときには神殿と父の城を行き来していた。

 巫女たちの信頼と畏れを大巫女とともに集めていた地上人の母は、時折アイサの額に手を置いて目をつぶった。

 アイサの額は暖かくなり、見たことのない景色が浮かんでくる。

 明るい光、荒々しい風、花や実、木々の色、見たこともない町や村、淡い光の中にたたずむ里、そこに住む穏やかな人々。

 アイサは取り込まれそうになる。

 すると母はその手をゆっくりと離し、アイサは大きく呼吸をしたものだった。

 母が死んで神殿という大人だけの世界で生活するようになっても、アイサには何の不満もなかった。

 神殿の規律も、そこでの暮らしも、厳しいと思ったことはない。

 瞑想をし、体の感覚を研ぎ澄まし、世界の体系を学ぶ。

 心が落ち着き、(よど)みが消える。


 しばらくすると、そんな大人ばかりの世界の中に大風が吹くようになった。

 その風は神殿にやって来てはアイサに自分の身を守ることを教えた。

 その当時から武術に秀でていた姉ラビスミーナが自ら神殿を訪れ、小さかったアイサに手ほどきを始めたのだ。

 それは、いつの間にか周りの者が見れば度を超しているとしか思えないものになっていった。


 ラビスミーナはある日アイサを神殿の外、よりによってゼフィロウの中では最も治安の悪い町に連れ出した。

 そこでアイサが見たのは、どこか危険で乱暴な雰囲気を持っている少年たちだった。

「お前は初めてだろう、こういった連中に会うのは。一緒に町の探検に付き合ってもらうといい」

 ラビスミーナは言った。

「あんたかい、俺たちを集めたのは? いい話があると聞いたが?」

「そうだ、私の賭けに付き合う気はないか? 付き合ってくれれば報酬を出そう」

 ラビスミーナは怪訝な顔をするアイサに片目をつぶって見せた。

「この子の力をちょっと試したくてね。一時間以内にお前たちがこの子を捕まえて連れてきてくれたらお前たちの勝ち。この子がお前たちの手を逃れて、一時間後に私のもとに来ることができたらこの子の勝ち。どうだ?」

 ひと癖もふた癖もあるような連中は、一挙にざわめいた。

「もちろん、(こぶし)にものをいわせてもいいんだな?」

「拳だろうと何だろうと、遠慮なくやってくれ」

 ラビスミーナは保証した。

「そんなこといったら、一時間どころか一瞬で終わりだ」

 アイサには何のことかわからなかったが、少年たちの不穏な空気は感じられた。いきなり顔面めがけて拳が飛んでくる。

「いきなり顔か、こりゃあ、きついな」

 仲間が笑う。

 だが、アイサにはその動きが時間が止まったようにはっきりと見えた。

 簡単に躱す。

 次々と繰り出される相手の手も、足も、まるでダンスをしているように動きが読める。

「ちっ、すばしっこいな」

 相手はへとへとだった。だが、その目にはまだアイサを見下したものがある。

「どうした、打ってこいよ?」

 言われるままにアイサは少年の鳩尾(みぞおち)に一撃加え、目の前の少年は膝をついた。

「どういうことです?」

「ちぇ、こいつ、女みたいな声だぜ?」

 アイサは少年の格好をしており、彼らはアイサのことを自分たちと同じような者だと思って疑っていない。

「次は俺だ」

 体の大きい少年がアイサの前に出た。

「お前は早く町の見物に出かけたほうがいいぞ? せっかく来たのに、どこも見られずに終わってしまう」

 ラビスミーナがアイサに向かって笑った。

「それはずいぶんな言いぐさじゃないか? この町を知り尽くした俺たちから逃げられるかよ」

「ということだが?」

 ラビスミーナは面白そうに言う。

「鬼ごっこ? よくお庭で遊んでいただいたような?」

「まあ、そういうことだ。ただし、鬼は多いぞ?」

「姉さま、私が勝ったらまた近いうちに遊びに来てくれます?」

 アイサはぬかりなく聞いた。

「約束しよう」

 ラビスミーナは約束すると少年たちに言った。

「お前たちが勝ったときの報酬はこれでどうだ?」

 ラビスミーナは十分な額のクレジットの入ったカードを見せた。

「誰でも自由に使えるやつだ」

「これは豪勢だな」

 少年たちが色めき立つ。

「決まりだな。では、私はあそこで待っている」

 ラビスミーナは小さな茶店を指さした。

 少年たちは意気揚々と頷いたが、既にアイサの姿は消えていた。


アイサが故郷の海の国を思い出し、ラビスミーナ、久しぶりの登場です。

あまりにもいきなりなので、ラビスミーナって誰だったっけ? と思われた方、一章の旅支度、二章のゼフィロウの緊急会議~ファマシュの客あたりに出ていますので、そちらを見ていただくと嬉しいです(^○^)

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